浪化上人

『ありそ海・となみ山(浪化編)



元禄8年(1695年)3月上旬、成立。去来後見。丈草序。

 浪化は浄土真宗の僧。越中井波瑞泉寺の住職。法名は応真院常照。向井去来に学ぶ。

元禄7年(1694年)閏5月、嵯峨の落柿舎で芭蕉に会う。

元禄16年(1703年)10月9日、33歳で没。

[ありそ海 浪化集上]

 「はれの歌読むと思はゞ、法輪に詣て、所がら薄を詠よ」とお(を)しへ、「雪見の駒の手綱しづかにずして、ハ(※サンズイ+「覇」)橋の辺にあそべ」と示しけん、よくも風雅のわり符を合て向上の関を越過ける事よ。

 然ども、つくづく思ふに、是等はみな文吏・官士の上にして、たまさかに市塵を離るゝ便なるべし。平生身を風雲に吹ちらして、心を大虚にとゞめん中には、限もなき江山に足ふみのばして、行さき毎の風物をあはれみ、「雪ちるやほやの薄」としほれ果たる風情、いかでか其法輪・ハ橋にのみかたよらんや。されば芭蕉庵の主、年久しく、官袴の身をもぬけて、しばしの苔の莚にも膝暖る暇なく、所々に病床の暁を悲しみ、年々に衰老の歩みを費して、またとなく古びたる後姿には引かへて、句ごとのあたらしみは、折々に人の唇を寒からしむ。

 一年、越の幽蹤に杖を引て、袂を山路のわたくし雨にしぼり、海岸孤絶の風吟、心を脳(悩)れしかど、聞入べき耳持たる木末も見えず、辰巳あがりの棹歌のみ声々なれば、むなしく「早稲の香」の一句を留て過られ侍しを、年を経て浪化風人の、吟鬚(ぎんしゅ)を此道に撚(ひね)られしより、あたりの浦山頭をもたげ、翠(みどり)をうかべしかば、いつとなく此句の風に移り、浪に残りて、えもいわ(は)れぬ趣の浮けるにぞ、ひたすら其境のたゞならざりし事をお(を)しみ感ぜられけるあまりに、穂を拾ひ葉をあつめて、終に此集の根ざしとはなりぬ。

 この頃洛の去来をして、あらましを記せん事を蒙る。かゝる磯山陰をもたどり残す方なくして、かゝることの葉をこそあまねく世の中にも聞えわたらば、猶ありとし国のくまぐまには、いかなる章句をか伝られ侍るにやと思ひつゞくる果しもなく、ありそめぐりの杖のあとをしたわ(は)れけん筆のあとも、又なつかしきにひかれて序。

懶窩埜衲 丈艸 謾書

早稲の香や分入みぎは有そ海
   芭蕉

   あきのまき

    此句は元禄二年、奥羽の行脚に春夏を送り、
    秋風たつ比三越ぢにかゝり、処々の風吟有け
    るなかに、当所のほ句と申つたへける。

   芭蕉翁当国の行脚もしらず、良(やや)程を経て、
   其句をまふ(う)け、其人を慕ふ。

早稲のかや有そめぐりのつえ(ゑ)のあと
   浪化

わせのかやゝとひ出るゝ庵の舟
   丈艸

早稲の香や田中の庵の人出入
   曲翠

早稲の香や田中を行けば弓と弦
   支考

   芭蕉翁のいがへこし給ふを、洛外に送りて

先入や山家の秋をわせの花
   惟然

行く人や門田のわせの籾づもり
   之道

田隣へ早稲かるじぎの日和哉
   正秀

早稲干や人見え初る山のあし
   去来
  エツ中
早稲の田に刈すかさるゝ小村哉
   林紅

山水やまだ初秋の香需散
   句空

   病 中
  カゞ
秋の蠅かうべむやむや足ぜゝり
  秋之坊

酒もりとなくて酒のむほしむかへ
   去来

聖霊も出てかりのよの旅ね哉
   丈艸
  
籠かきの仏見事や玉まつり
   風国

   尼寿貞が身まかりけるときゝて

数ならぬ身となおもひそ玉祭り
   芭蕉

   奈良の片わきにやどりて
  伊賀
うら盆や家の裏とふはかまゐ(い)
   卓袋

三浦には九十三騎やはかまゐ(い)
   乙州
  サガ
明る夜をとらで仕舞や下手相撲
   野明

蕣や梢に垣の這あまり
   杉風

おくれじと木僅の花のみだれ咲
   土芳

鶏の尾につられけり初あらし
   荊口

   芭蕉菴のるす

主まつ春の用意やちり柳
   桃隣

行かりの友のつばさや魚の棚(店)
   惟然

木啄の入まはりけりやぶの松
   丈艸

粟の穂のびくに入たるうづら哉
   惟然

しる人になりてわかるゝかゞしかな
   惟然

   太宰府を通りけるに、女どものおほく集りて
   稲こきける中に、申し遣しける。

  長崎
一夜さもゆるしてねせぬかゞし哉
   卯七

   奈良の鹿二句 本辻に亘りて

門立のたもとくはゆる小鹿かな
   其角

啼はれて目ざしもうとし鹿のなり
   丈艸

臥処(ふしど)かや小萩にもるゝ鹿の角
   去来


  尾州
出揃ふや稲の田づらのざんざぶり
   露川

   なが月の末、大井川をわたりて

いつしかに稲を干瀬や大井川
   其角

稲といふ名も気がゝりやいもが門
   史邦

   嵐蘭子をいたみて

なき出して米こぼしけりいな雀
   智月

京がさは皆駒曳のもどりなり
   浪化

一番にかゞしをこかす野分かな
   許六

みのむしの家くづしたる野分哉
   句空

日和能くなるとてよるの野分哉
   浪化

  小松
くずの葉のふとりふとりて野分かな
   塵生

  ミノ
(いなづま)の切れて残るか三日の月
   文鳥

待宵や流浪のうへの秋の雲
   惟然

   伊賀山中にありて

名月や花かと見えて綿ばたけ
   芭蕉

明月に麓のきりや田のくもり
   同

野山にもつかで昼から月の客   丈艸

   不破の宿に寝て

目利してわるひ(い)宿とる月見かな
   如行

明月や向への柿やでかさるゝ
   去来

明月や家賃の外の坪のうち
   野馬

明月やばらばら鶏の俄(にはか)
   浪化
  長崎
豆腐やゝつとめて月の七つおき
   牡年

  イガ
木枕にはなかみあつる夜さむ哉   風麦

友ず(づ)れの舟にねつかぬよさむ哉   丈艸
  ミノ
生柴をちよろちよろさせて砧かな
   千川

手の下にしるやいなごのちからあし
   岱水

穐もはやくるゝとしらず飛いなご
   風国

  カゞ
すゞむしの啼そろひたる千ぐさ哉   桃妖

寒けれど穴にもなかずきりぎりす   丈艸

菜畠の一うるお(ほ)ひやあきの雨   李由

菊の香になくや山家の古上戸   北枝

滄浪にのぞみたえけりきくのきし   嵐雪
  
菊の花見に来てゐるかいしたゝき   可南

   天王寺に遷座ましましける善光寺の如来を拝
   して

みだ頼むこよひになりぬ後の月   之道

寒病みの火燵もほしや後の月   斜嶺

   冬

やねふきの海をねぢくむ時雨哉
   丈艸

牛馬のくさゝもなくて時雨かな
   浪化

しぐるゝやもみ(紅)の小袖を吹かへし
   去来

   芭蕉翁の七日七日もうつり行くあはれさ、猶
   名庵に偶居してこゝちさへすぐれず、去来がも
   とへ申つかはしける。

朝霜や茶湯(タウ)の後のくすり鍋
   丈艸

   かへし

朝霜や人参つんで墓まい(ゐ)
   去来
  江戸
霜のくさ裏かへし見るしとゞかな
   素龍

   芭蕉翁の送葬に逢ひ侍らんと、さがより木曽寺
   へいそぎて

こがらしの尻吹すかすす鞍かな
   野明

開山忌となりは留主のいなり山
   浪化

   芭蕉翁の難波にてやみ給ぬときゝて、伏見より
   夜舟さし下す。

舟にねて荷物の間や冬ごもり
   去来
  
冬籠り炭一俵をちからかな
   滄波

フ(ウ)てやつとさげたるふすまかな
   杉風

はつ雪や人の機嫌はあさのうち
   桃隣
  ミノ
雪の原ぽつこりとなる木かげ哉
   此筋

かりよする鶯かごや雪のあさ
   惟然

雪空や片隅さびし牛のるす
   丈艸

応々といへとたゝくや雪の門
   去来

大雪や隣のを(お)きる聞合せ
   浪化

   御築地のうちをお(を)がみ侍りけるに、如意が
   嶽よりいづる月の南門にかゝりて、かぎりな
   くめでたければ

から花に月雪こぼすとびらかな
   嵐雪
  羽州
御座そりや先に立たる道具持
   不玉

あし代(しろ)ややぐらの下のうすごほり
   許六

茶の花や鶯の子のなきならひ
   浪化

寒菊の隣もありや生大根(いけだいこ)
   許六

   粥をくはねばいなぬといへば

蠅ほどの物と思へど大師講
   句空

   岡崎村に住侍りけるころ

うしなはで落穂をたくや大師講
   可南

のら猫の声もつきなや寒のうち
   浪化

   大名の参会し給ひけるを、二人物のかげより
   かきのぞきて

正客の行儀くづさぬ寒さかな
   野波

   とかんじけるを、其大名にかはりて、かへし

れきれきの水鼻たるゝさむさかな
   利牛

   いたはり侍る比、洛の鴨川の辺に旅宿して

ふじ垢離(ごり)の声高になるさむさかな
   牡年

銭湯の朝かげきよき師走かな
   惟然

   春とゝもに旅立んといふ人のもとにて

春かけて旅の万やとし忘れ
   惟然

節季候(せきぞろ)や夕日につゞく袋持   浪化

     此句は夢中に句作り侍りけり。

   春

むつくりと岨の枯木も霞けり
   杉風

痩はてゝ香にさく梅の思ひかな
   去来

梅がゝや風呂屋のみちの一たより
   浪化

ちりしほやはぜうる里の梅花
   許六

竹簀戸のあほちこぼつや梅の花
   丈艸

背戸中はさえかへりけり田にしがら
   丈艸

   源平の古戦場をたづねて兵庫にいたる。

便船や雲雀の声も塩ぐもり
   史邦

   いせより江府へまかるころ

鴈の声朧々と何百里
   支考

馬の尾に陽炎ちるや昼はたご
   惟然
  イセ
市中や馬にかけ行いかのぼり
   団友

菜畠や境てりあふもゝのはな
   浪化

五六本よりてしだるゝ柳かな
   去来

待花に小さむい雨のあした哉
   杉風

   桜をばなどねどころにせぬぞ、花にねぬはる
   の鳥のこころよ。

花にねぬ此もたぐい(ひ)か鼠の巣
   芭蕉

片尻は岩にかけけりはな莚
   丈艸

一本をぐるりぐるりとはな見かな
   浪化

花見にもたゝせぬ里の犬の声
   去来

   東叡山

八つ過の山のさくらや一しづみ
   其角

   夏

ほとゝぎすたれに渡さん川むかへ
   丈艸

時鳥二つの橋を淀の景
   惟然

ほとゝぎすせたは鰻のじまん哉
   許六

   句空法師が山寺に来りけるをとゞめて

豆腐こそなのらね山は時鳥
   浪化

   かへし

ほとゝぎす山には鬼もなかりけり
   句空

   許六が江戸よりやがてかへるべきといひこし
   けるに、申つかはしける。

竹の子のきほひや人を待日数
   李由

   かへし

竹の子の上る競(きほひ)や夜々の露
   許六

   人々川さきまで送りて、餞別の句を云。
   其かへし。

麦の穂を便につかむ別かな
   芭蕉

疱瘡(いもい)する児も見えけり麦の秋
   浪化

   元禄七年、久しく絶えたりける祭のおこなはれ
   けるを拝て

酔顔に葵こぼるゝ匂ひかな
   去来

   奈良の万僧供養に詣て片ほとりに一夜あかし
   けるに、明て主につかはすべき料足もなけれ
   ば、枕もとのから紙に名処とゝもに書捨、の
   がれ出侍りけり。

短夜や木賃もなさでこそばしり
   惟然

   大井川水出て、嶋田塚本氏のもとにとゞまり
   

さみだれの空吹おとせ大井川
   芭蕉

   露川が等(ともがら)、さやまで道おくりして、共にか
   りねす。

水鶏なくと人のいへばやさや泊り
   芭蕉

水札(鳧)なくや懸浪したる岩の上
   去来

蚊遣り火や麦粉にむせる咳の音
   許六

磯ぎはをやまもゝ舟の日和かな
   惟然

からむしのあとからそばの二葉哉
   浪化

種麻やぐるりに残るやけ畠
   浪化

我があとへ猪口(兎唇)立よる清水哉
   許六

   紀の藤代を通ける比、此処に三郎重家の末、
   今にありと聞およびぬれば、道より少山ぞひ
   に尋入侍しに、門・ついぢ押廻シ、飼たる馬、
   みがきたる矢の根たてかざりて、いみじきも
   のゝふ也。又庭に、いにしへの弓懸松とて古
   木など侍りけり。

藤代やこひしき門ンに立すゞみ
   去来

   『ありそ海集』撰たまひける時、入句ども書
   あつめまい(ゐ)らせけるにそへて祝ス。

鷲の子や野分にふとるる有そ海
   去来

      元禄八乙亥歳花老上旬

[となみ山 浪化集下]

浪化上人に戻る