岩間乙二

『五とせ集』(太橘編)


乙二の三回忌追善集。

文政10年(1827年)、刊。子午園太橘編。

太橘は本名竹田平四艮。山形県長井市小出の人。

嘉永2年(1849年)10月、72歳で没。

雨夜から逢はじめけり猫の恋
   鶯笠

ちる外に風のふくなり山ざくら
   碓嶺

花咲し手際忘れずふく若葉
   蕉雨

此さとによくも老たり瓜つくり   玉屑

折頃や市にちる日のうめの花
   卓池

見しと聞ど一日違ひやはつ桜
   寥松

梅の木に花の付ても秋のかぜ
   奇淵

飛蝶や此世にのぞみないように
   一茶

春の月仏事過たる釜のうへ
   一具

たつ鴨の腋から落す田螺かな
   素芯

ひるがほや道ともなしに浜へ出る
   雨塘

放れ鵜の遊ぶ夜もあり草の露
   護物

さとの鵜のはしやすむれば梅の花
   曰人

けふの月家にあまりて草にさす
   久藏

世にすめば無理にとかすや門の雪
   一茶

さと人や蛙も時を鳴といふ
  多代女

夕立や折ても風をもつ楓
   馬年

我乞食せん今としの二百十日かな
   八朗

我国は草もさくらを(ママ)咲きにけり
   一茶

永き日になれて中々暮をしき
   武曰

行春や膝にとゞきし草の丈
   守彦

春雨に大欠ビする美人かな
   一茶

壁土に暮をしてを(お)く落葉哉
   湖中

朝寒や客にむけたる火打筥
   凉谷

菜の花のど[こ]迄ひくやわたし綱
   フ山

七夕や川の向ふは非人町
   二丘

死たがる顔さげて来て二日灸
   一瓢

飛やうになる迄なりて落葉かな
   百非

(つばくろ)も守りたまふか角大師
  亀丸女

   人々にすゝめられて

死ぬとしを枯木のやうにわすれけり
   乙二

     こは亡師病中の吟也。こゝに出
     して遠境にあはれを告る。

漁火や波もかゝらぬ春の月BR>   漫々

啼時の一際赤し雉子のかほ
   可布

秋照や鵙の真似たるほとゝぎす
   太橘

月もはや正月なれて人の中
   亀丸

絶て来て鶯寒し入梅のまど
   閑斎

草の蚊や人さすほどの声はもつ
   車両

きりぎりす日なた尋て草の先
   川丈

からころと雁のくる夜のきぬた哉
   太呂

しら雲の人よりいそぐ枯野哉
   雨考

梨子さくや生れたる日の小豆めし
   応々

百性(姓)の臍(ほぞ)落したる野分かな
   雄淵

船入るゝ小家葺替て春寒し
   而后

風少し雪にさからふ芦間かな
   多代女

誰かきたぞ机のうへのうめの花
   雨考

露にやりてあつめ兼たり朝ごゝろ
   清女

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