私の旅日記2005年

伊香保温泉〜碑巡り〜

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 伊香保温泉共同浴場「石段の湯」から石段を登ると、石段に与謝野晶子の「伊香保の街」という詩が刻まれていた。


「伊香保の街」   大正4年   与謝野晶子

榛名山の一角に、段また段を成して、

羅馬時代の野外劇場の如く、

斜めに刻み附けられた 桟敷形の伊香保の街、

屋根の上に屋根、部屋の上に部屋、

すべてが温泉宿である、そして榛の若葉の光が

柔かい緑で 街全體を濡らしてゐる。

街を縦に貫く本道は 雑多の店に縁どられて、

長い長い石の階段を作り、伊香保神社の前にまで、

Hの字を無数に積み上げて、

殊更に建築家と繪師とを喜ばせる。

(はり)はハンノキの古名。カバノキ科の落葉高木。

与謝野晶子が伊香保温泉を訪れたのは大正4年のことらしい。

身を反し伊香保の街の石段を雨の歩める初夏の朝

石段をさらに登り伊香保神社を過ぎると、伊香保温泉露天風呂がある。


伊香保温泉露天風呂の手前に伊香保温泉飲泉所がある。

伊香保温泉飲泉所の手前に万葉の歌碑があった。

萬葉歌碑


上毛野(かみつけぬ)伊香保の沼にうゑこ水葱(なぎ)かく恋ひむとや種求めけむ

萬葉集巻14東歌3415番

解説に萬葉仮名で書いてあった。

可美都氣努 伊可保乃奴麻爾 宇惠古奈宜 可久古非牟等夜 多禰物得米家武

解説に意味も書いてあった。

 上毛野の伊香保の沼に植えた子水葱(こなぎ)の成長するのがこんなに待遠しくてたまらないのなら、いっそのこと子水葱など植えるのではなかったという心にかけて、今の苦しみのもとになっている恋い焦れの種など始めから求めるのではなかった……何んと苦しいことだろう。

 水葱(こなぎ)はミズアオイの異名。水葵(みずあおい)はミズアオイ科の一年草。水田などの水湿地に生える。根生葉は深緑色卵心形で柄が長い。夏、花茎を立て青紫色の六弁花を十数個総状につける。古くは葉を食用にした。

心に咲く花古久家」へ。

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