2010年群 馬

「アプトの道」〜めがね橋〜

今日は松井田町坂本の「峠の湯」から「アプトの道」を歩いてみる。


明治25年(1892年)、旧信越本線の碓氷線(横川−軽井沢間)完成。

明治27年(1894年)6月、高浜虚子は碓氷峠を越え木曾路を経て京都に帰る。

夕雲の空覚束なく三峰に分るゝ者は妙義山なり。雲垂れて暮色遠くより至り窓外山飛び森行く。行方に三日月は煙に消えて碓氷峠のトンネル二十六出つ入りつ、汽笛木魂に響きて物凄し。

   短夜の闇に聳ゆる碓氷かな


国道18号の下を通りぬけると、北原白秋の歌碑があった。


うすいねの南おもてとなりにけりくたりつゝ思ふ春のふかきを

1号トンネル


1号トンネルを抜ける。


2号トンネル


2号トンネルの内部


2号トンネルを抜けると、碓氷湖があった。


トンネルは続く。


5号トンネルを抜ける。


 昭和2年(1927年)8月11日、永井荷風は横川から隧道を通過して軽井沢へ。

横川驛を出でゝより墜(ママ)道を通過すること幾囘なるを知らず、漸くにして輕井澤の停車場に着す、雨霏々として歇まず、


碓氷第3橋梁(めがね橋)


碓氷線の18あった橋梁の1つで、碓氷線最大のもの。

昭和38年(1963年)、アプト式廃止とともに廃線(旧線)となった。

信越本線が見える。


 平成9年(1997年)9月30日、長野新幹線開業にともない、碓氷線(横川−軽井沢間)は廃止となった。

6号トンネル


立入禁止である。

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