2017年福 島

桑折駅〜太田良平の彫刻〜
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JR東北本線貝田駅から桑折駅へ。

 大正2年(1913年)7月13日、太田良平は福島県伊達郡梁川町元陣内に生まれる。

駅前広場の太田良平の彫刻があった。

「翔」


昭和50年(1975年)、制作。

背景が、どうも。

右から


左から


昭和56年(1981年)10月、旧伊達郡役所に芭蕉像建立。太田良平制作。

平成9年(1997年)9月18日、太田良平死去。享年83。

駅の左手に「異国の丘」の歌碑があった。


   異国の丘
作曲 吉田  正
作詞 増田幸治

今日も暮れゆく異国の丘に
友よ辛かろ切なかろ
我慢だ待ってろ嵐が過ぎりゃ
帰る日もくる春がくる

今日も暮れゆく異国の丘に
夢も寒かろ冷たかろ
泣いて笑うて歌って絶えりゃ
望む日が来る朝が来る

今日も暮れゆく異国の丘に
おもい雪空陽が薄い
倒れちゃならない祖国の土に
辿りつくまでその日まで

 平成17年(2005年)12月、桑折ライオンズクラブ結成30周年記念に建立。

   増田幸治と「異国の丘」

 大正11年、桑折町に生れる。
 昭和10年、桑折町立醸芳尋常小学校卒業。

青雲の志を抱いて旧満州国の新京商業学校に入学。同校卒業後、宗像金吾氏経営の会社に入社。

 昭和17年、関東軍に入隊。
 昭和20年、日本軍の敗戦によりソ連軍の俘虜となり、シベリヤ抑留中に「異国の丘」を作詞した。

歌は吉田正氏の作曲に合せて収容所の演芸会で発表された。

平成26年(2014年)、増田幸治氏は91才で亡くなった。

旅をしていると、思いがけないものに巡り合う。

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