2015年福 岡

そよ風ホール〜湖白庵諸九尼〜
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久留米市田主丸町田主丸に田主丸複合文化施設「そよ風ホール」がある。


「そよ風ホール」図書館の庭に諸九尼の句碑があった。


いつとなくほつれし笠や秋の風

碑 陰

湖白庵諸九尼

 芭蕉門の俳諧に生涯をかけ、近世随一と称される女流俳人湖白庵諸九尼(通称なみ)は、正徳4年(1714年)唐島村庄屋永松家に生まれた。

 元文6年(1741年)、塩足村の俳人市山のもとに滞在中の湖白(芭蕉十哲・志太野坡の高弟)の許に入門する。

 なみの俳才は程なく湖白・市山に認められるが、周囲の羨望は汚名へと転じた。その忍苦の中、なみは生涯を蕉門の伝播にかける決心をし、湖白を追い故郷を離れた。

 上京した2人は俳諧に専念し、先師の顕彰追善に精進するが、湖白はその労苦により死去、諸九は剃髪して蘇天と号する。

その後、諸九尼は

明和4年(1767年)、京都岡崎に湖白庵を結ぶ。

明和8年(1771年)、芭蕉の足跡を辿り、紀行文「秋風の記」を著す。

天明元年(1781年)、直方にてその生涯を終えた

 碑表の句は、芭蕉追慕の旅の折り、白河の関にて詠まれたものである。

平成16年3月31日   田主丸町教育委員会


平成17年(2005年)2月5日、田主丸町は久留米市へ編入合併された。

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