2019年〜福 井〜
新田塚〜燈明寺畷新田義貞戰歿傳説地〜

福井市新田塚町の県道5号福井加賀線(芦原街道)沿いに新田塚がある。
新田塚

此地は建武中興の忠臣新田義貞戰死の地である。義貞の戦いは延元三年(北朝暦応元年)即ち紀元一九九八年であるが、其後三百余年を経た明暦二年(二三一六年)一農夫が此地の田中より義貞佩用せるものと認められる兜を発掘した。よつて史実に基き、此地を義貞戰死の地と定め、萬治三年(二三二〇年)福井藩主松平光通が此地に碑を建てた。之が中央の堂宇内に現存する新田塚である。南北地は大正十三年一二月内務大臣より「燈明寺畷新田義貞戰歿傳説地」として史蹟の指定を受けている。
現存する新田塚

史蹟燈明寺畷新田義貞戰歿傳説地

坂井市丸岡町の称念寺に「新田義貞公御墓所」がある。
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