
| 平成13年(2001年)9月16日、今治ライオンズクラブ結成40周年記念に建立。 |
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明治・大正時代、空前の大ブームとなった大衆娯楽小説「立川文庫」の原作者は、今治出身の山田一族である。そして、その執筆の中心として活躍したのが、山田阿鉄(おてつ)である。 立川文庫は明治44年から約13年間に196巻出版されたが、どれも人々の心をとらえ、爆発的な売行きであった。中でも、大正3年に発売された第40巻「忍者名人猿飛佐助」は大ベストセラーとなった。ここに、“忍者と言えば猿飛佐助”といわれるほどのスーパースターが誕生したのである。その後猿飛佐助は、真田十勇士とともに映画やドラマ、漫画などに次々と登場し、後世の文壇にも多大な影響を及ぼしている。 日本全国、猿飛佐助を知らない人はいないと言ってもよいだろう。時代を超えて人々の心の中に生き続け、これからも語り継がれていくことだろう。 この偉業を成し遂げた山田阿鉄の遺骨は、今治市の観音禅寺に静かに眠っている。 |

