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明治43年(1910年)、乗松巖は松山市西一万町に生まれる。 昭和4年(1929年)、松山中学校を卒業(第37期生)。 昭和5年(1930年)3月、石田波郷は松山中学校を卒業。 |

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本校は文政11年松山藩主久松定通創設にかかる藩校明教館を学統の母体とし、明治11年愛媛県松山中学校の発足をもって創立の基源とする。 以来百年の星霜を数え、本県中等教育の中枢として2万3千余名の有為なる人材を輩出、校運昭耀として今日に及ぶ。 ここに本校創立百周年にあたり、この碑を建立して記念とする。
愛媛県立松山東高等学校 |


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乗松巖(松山中学校第37期生)制作。 乗松巖・松山中学校第52期生一同寄贈。 |
| この作品は生命・発生・太陽・水・調和の象徴的レリーフである。 |
