牧水ゆかりの地

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喜連川のお丸山公園の南に喜連川神社がある。


 南参道は54段の石段、両側は竹藪、下りたところの右手に社務所、左手に我が家。参道には梅の若葉が連なり、2つの鳥居の先は屋敷町の道路、御用堀といわれる小川が流れている。

高塩幸雄『自然歌人高塩背山−その歌と人生−

喜連川神社の鳥居


奥に「石の鳥居」、その先に石段がある。

「石の鳥居」の左が社務所、右が高塩幸雄の実家である。

高塩幸雄の実家


若山牧水は生涯において3回高塩背山宅を訪ねて宿泊している。

 その第1回目は大正4年(1915年)7月19日で、この時のことを紀行文「喜連川」に書いている。

 家内には30前後の、静かな婦人がただ独り居られた。上つて座についた時、その阿母さんに呼ばれて9歳(ここのつ)と6歳(むつつ)ぐらゐのよく似た可愛い娘さんが表れた。そして何か云ひつけられて両人(ふたり)競争して戸外へ駆け出した。

若山牧水「喜連川」

子どもは長女ヤスと三女ハルである。この時二男幸雄は1歳。

 第2回目は大正10月(1921年)11月3日、『みなかみ紀行』の旅を終えて日光から訪れている。

第3回目は大正14年(1925年)9月、揮毫会で訪れる。

 この時六女千代は4歳だったという。六女千代が高塩幸雄の生家を守っている。

袋田の滝へ。

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