芭蕉句碑不 詳


頭巾めせ寒むや伊吹の山おろし

米原市上野の「弥高」交差点を西に下る。


史蹟 野頭観音堂跡」があった。

史跡野頭

 野頭は、北国脇往還に残った唯一の史跡で、松尾寺観音堂茶所の跡である。北国街道ともいわれたこの道は、若狭と美濃を結ぶ古代からの要所で、後には藤川、春照の宿も置かれた。

 戦乱と悲哀、まさに日本史の間道として千年の歳月であった。

 松尾芭蕉がこの地で詠んだという。

「頭巾め寒むや伊吹の山おろし」の句がある。

米原市上野区

 元禄2年(1689年)8月21日、芭蕉は敦賀から大垣へ、伊吹山を左手に見ながら北国脇往還を歩いた。

「芭蕉の句碑」があった。


頭巾めせ寒むや伊吹の山おろし

出典その他は不詳

芭蕉句碑不 詳〜に戻る