芭蕉の句碑茨 城


八九間空天雨降る柳可奈

大子町から国道461号で那珂川町に向かう。


仲の内バス停から細い道を下り、押川を渡ると八龍神社がある。


八龍神社の拝殿玉垣前に稲荷神社がある。


稲荷神社の右手に芭蕉の句碑があった。


八九間空天雨降る柳可奈

元禄7年(1694年)春、芭蕉51歳。

『続猿蓑』巻頭の句である。

寛政2年(1790年)6月、昌信・露蝉・曲瓜建立。

『諸国翁墳記』に「常陸國水戸上沢村八龍神社内在 穿花建」とある。

 『芭蕉句碑を歩く−茨城の五十八基−』(堀込喜八郎著)によれば、八龍神社の拝殿には「柳塚奉納」句額が奉納されているそうだ。

 手向とて植たでもなし言の花    額田  五峯

 藤高う山鳥の尾も下りけり    東武  亀文

ことし昌信の力をもて祖翁八九間
の吟をいとなみ小墳に柳を植て猶風雅
栄を願ふものならし

 過去未来現在墳の柳かな   願主  高岡  曲瓜
 横竪の風を力のやなぎかな    当邑  昌信
 折々は風の綰(わがね)る柳かな    昌次

   時寛政二戌のみな月営之者也

那珂市額田東郷に五峰が建立したと伝えられる芭蕉の句碑がある。

亀文は常陸太田の出身で、江戸浅草に住み曲直庵と号した。

稲荷神社の前に句碑があった。


鈴の緒に結ぶや水の秋涼し   昌信

苔に覆われていて昌信の句碑とは気付かない。

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