町指定史跡 |
この塚は明和4年(1767年)松尾芭蕉の忌日に、深浦湊の俳人らによって建てられた芭蕉塚(おきな塚ともいい芭蕉の句を刻んでその徳を偲んだもの)です。 正面には「芭蕉於き那」と刻まれ、津軽地方最古のもので、側面には芭蕉の句で |
と刻まれており、ここから千鳥塚と称されるようになりました。 この書は竹越里圭(1736〜1801)によるものと言われています。 里圭の父、竹越漁光等がこの場所において俳諧の興行を行ないました。
深浦町教育委員会 |
竹越漁光は本名久右衛門。廻船問屋小浜屋の主人。屋号は若狭屋。大高千円の弟子。 |
竹越里圭は漁光の子。本名忠左衛門。蝶夢の門人。二六坊。見秋亭。嘯月斉。 |