芭蕉の句碑愛知


かくさぬそ宿は菜汁に唐が羅し

豊川市伊奈町茶屋に「伊奈村立場茶屋 加藤家跡」がある。


「伊奈村立場茶屋 加藤家跡」に芭蕉の句碑があった。


かくさぬそ宿は菜汁に唐が羅し

出典は『猫の耳』。「三чG巣にあひ給て」と前書きがある。

貞亨5年(1688年)、芭蕉が伊奈村立場茶屋の加藤烏巣亭で詠まれた句。

烏巣 三州吉田、加藤玄順、醫名也、鎌倉實記作者、良香散ノ店ノ人ナリ。

『蕉門諸生全伝』(遠藤曰人稿)

昭和15年(1940年)5月、建立。

 伊奈村立場茶屋 加藤家跡
        (俗称 茶屋本陣跡)

一 茶屋の地名

東海道吉田宿御油宿の中間にあたり、立場茶屋が設けられたので、茶屋の地名ができた。

二 加藤家と良香散

茶屋のうち格式の高い加藤家(初代は大林平右衛門)では、「良香散」という腹薬が売られ、この薬は茶屋の地名よりも有名であった。交通の変遷によって今はこの古井戸1つ残すのみとなった。

三 明治天皇御旧跡

東京遷都の時、明治天皇は、この加藤家で御休憩になられた。その時天皇が使用された箸が、牧野英一氏宅に保存されている。

四 俳人烏巣

烏巣は、加藤家の生まれで、謙斎といい芭蕉と親交があり、京都で医者をつとめていた。

五 芭蕉句碑 (芭蕉が烏巣方へ1泊した時の作)

「かくさぬそ 宿は菜汁に 唐が羅し」

六 烏巣句碑

「ももの花 さかひしまらぬ かきね哉」

小坂井町教育委員会

芭蕉の句碑と並んで、烏巣の句碑があった。


ももの花さかひしまらぬかきね哉

『猿蓑』に収録されている句である。

昭和25年(1950年)3月、建立。

 享和元年(1801年)3月4日、大田南畝は大坂銅座に赴任する旅で、「良香散」のことを書いている。

小坂井村に人家あり。茶屋町の立場にいれば、左の方に腰瓦の屋つくりしたる薬店あり。良香散といへる薬をひさぐ。


 文化2年(1805年)11月11日、大田南畝は長崎から江戸に向かう途中で伊奈村立場茶屋で休む。

赤坂御油をもこえて、伊奈村の良香散をうるものゝ前にいこふ。


2010年2月1日、小坂井町は豊川市に編入合併された。

烏巣の句

その中にえり出されたる穂長哉


芭蕉の句碑愛知〜に戻る。