芭蕉の句碑

其まゝよ月もたのまし伊吹山
大垣市竹島町の旧街道沿いに竹島会館がある。
竹島会館は美濃路大垣宿本陣跡。
大垣宿本陣跡
本陣は、宿場のほぼ中央に位置し、大名や宮家・公家・幕府役人などの貴人が利用した休泊施設である。
大垣宿本陣は、永禄の頃沼波玄古秀実が竹島町を開き、はじめて本陣を創立したと伝えられる。以後、本陣役は宝暦5年(1755年)には玉屋岡田藤兵衛が勤め、天保14年(1843年)には飯沼定九郎が問屋を兼ねて勤めた。
竹島会館前に芭蕉の句碑があった。

其まゝよ月もたのまし伊吹山
出典は『後の旅』(如行編)。
元禄2年(1689年) 8月21日、芭蕉は『奥の細道』の旅で大垣に到着。
大垣藩士高岡斜嶺亭で詠まれた句。斜嶺37歳の時である。
『笈日記』(支考編)には「其まゝに」とある。
JR東海道本線大垣駅の通路から窓越しに見た伊吹山

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