芭蕉の句碑香 川


堂うとかるなミたや染めて散もミち

観音寺市大野原町萩原に高尾北向千手観音がある。



高尾北向千手観音由緒

 高尾北向観音は、霊験あらたかで多くの参詣者を集めている。

 町誌によると、千手院の起源は古く、菅原道真公も詣でたという。また、本尊は道真公自刻のものとの碑もある。この千手観音像は、平安末期の作といわれ、昭和58年大野原町有形文化財に指定されている。

 平成16年の台風により、高尾山周辺は多大な被害にあったが、本堂には何の被害もなく、人々は今さらのように霊験を深く感じている。

 平成18年境内の整備と客殿の新築を期に碑を建立した。

百日紅の木の根元に芭蕉の句碑があった。


堂うとかるなミたや染めて散もミち

出典は『笈日記』

 元禄4年(1691年)5月1日、李由は嵯峨の落柿舎に芭蕉を訪ね入門。

 元禄4年(1691年)10月、芭蕉が李由の明照寺を訪れて詠まれた句である。

「南無庵五蕉拝書」とある。

明治6年(1873年)6月、南無庵五蕉歿。

 平成17年(2005年)10月11日、大野原町は観音寺市、豊浜町と対等合併して観音寺市大野原町となった。

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