芭蕉句碑存 疑


ほとゝきすなくや黒戸の濱ひさし

山武市松ヶ谷に勝覚寺(HP)という寺がある。


四天尊勝覚寺


本尊は釈迦如来。

真言宗智山派の寺である。

関東八十八カ所霊場の第46番。

木造四天王立像・木造阿難迦葉立像は千葉県指定有形文化財。

本堂の左手に「芭蕉」の句碑があった。


ほとゝきすなくや黒戸の濱ひさし

『もとの水』『風羅袖日記』俳諧一葉集』に収録されているが、存義句。

『芭蕉句鑑』には「貞享三寅年」に収録されている。

「黒戸の浜」は九十九里浜をさすものと考えられていたようである。

天保11年(1840年)10月12日、建立。

成東町指定文化財

名称 芭蕉句碑

 江戸時代の元禄期、俳諧は松尾芭蕉によって文芸としての位置を確立された。芭蕉は没後「俳聖」として崇拝され、その五十年忌、百年忌などを期にその崇拝者たちによって各地に芭蕉句碑が建立された。

 この芭蕉句碑は百五十年忌(天保14年)を記念して、3年早い天保11年(1840年)に当地の俳諧愛好者たちによって建立されたものである。句碑の「ほととぎす鳴くや黒戸の浜ひさし」は貞享3年(1686年)の作とされ、裏面には建立の中心となった勝覚寺四四世真応など催主の名が刻されている。

成東町教育委員会

 天保13年(1842年)正月、五倉庵禹隣は句碑建立を記念して『浜ひさし』を出版。

『浜ひさし』は「勝覚寺」にもないそうだ。

 平成18年(2006年)3月27日、成東町は山武町・松尾町・蓮沼村と合併して山武市となった。

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