芭蕉の句碑群 馬


むすふより早齒にひゝく泉かな

小林本陣跡から中仙道の旧道を歩くと、温井川がある。


弁財橋の手前に弁財天があった。


弁財天の由来

 温井川の中の島に祭られた弁財天は、治水の都合で昭和48年に現状となったが、七福神中の女神であり、音楽・弁舌・福徳・財宝をつかさどる神として信仰をあつめている。社は天明3年5月に建立された石の祠で、本年は祭祀200年に当るので、参道改修大鳥居を地区有志により奉納した。

 例祭は毎年春巳の日に行う。

 境内には芭蕉の句碑があり、この島には清冽な清水が湧でていて、旅人の喉をうるおしたとの句である。

 昭和58年3月6日巳の日

新町第一区

芭蕉の句碑


むすふより早齒にひゝく泉かな

出典は『新撰都曲(みやこぶり)』(言水編)。

元禄3年(1690年)、池西言水『新撰都曲』刊。(余春澄序、言水跋)

 貞亨年間(1684〜88)、芭蕉41歳〜44歳頃までの句ということだが、年次不明。

『風羅袖日記』は「元禄二巳」とする。

俳諧一葉集』には「結ぶよりはや齒にひゞくしみづ哉」とある。

『はせをつか』(楓幻亜編)に収録されている。

安政2年(1855年)6月、新町宿北口の俳人久保一静建立。

一静は西馬の門下。

安政4年(1857年)、小林見外『槻弓集』(13編)刊。

上毛新町駅弁財天女の霊地なるみとりの清水は、その清涼なる事遠近の人の知る処にして、また往来の過客、暑さをしのくの一助たり、よて祖翁の誉吟を碑面にいとなミて、不朽に伝ふる事とはなりぬ

むすぶよりはや早歯にひひく泉かな
   祖翁

しはしと誰もたのむ夏蔭
   一静

『槻弓集』(13編)

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