芭蕉の句碑岐 阜


むすふより早歯にひゝく泉か南

養老町養老公園に「千歳楼」がある。


 天保14年(1843年)、鶴田卓池は粟津の義仲寺に向かう途中で「千歳楼」に泊まっている。

   養老山千歳楼にやどる。

どれが露どれが走りぞ滝の水
   卓池


「千歳楼」の庭園に芭蕉の句碑があった。


むすふより早歯にひゝく泉か南

出典は『新撰都曲(みやこぶり)』(言水編)。

『風羅袖日記』は「元禄二巳」とする。

戸倉耕月庵建立ともいわれる。

松尾芭蕉は4回にわたり西美濃を訪問していますが、この句は元禄2年(1689年)「奥の細道の旅」で大垣を訪れた時によんだ句ではないかともいわれています。

(清水を手にすくうと、口にする前にもう歯にしみる冷たさを感ずることよ。)の意で、上五の「むすふより」で泉の清涼感を強く感じます。耕月庵(再和派十四世道統で養老町大跡の人)を始め、多芸社中の人々が養老美泉の讃歌としてふさわしいと考えこの地に建碑されたものと思われます。碑裏に魯松庵(揖斐、大野の人で再和派の道統)の

名にひゝく泉や徳のとこしなへ

と刻されています。

魯松庵国枝調固は美濃派(再和派)十三世道統。

養老寺に耕月庵の句碑がある。

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