年々や猿に着せたる猿の面
歳旦(元禄六年)の述懐としては身を噛むような味がある。『赤冊子』に土芳が伝えるところによると、「人同じ所に止まりて、同じ所にとしどし落入ることを悔みていひ捨てたる」句だという。元禄五・六年の頃の重い生活の中にのがれがたい悔いを負いながら過していた姿がうかがわれよう。「軽み」は、そういう生活の重さ、芸境の停滞を身に負い、近づく老年の感を噛みしめた上での、新しい人生上の脱出路であり、また、芸道上の新探求だったのだと考えられる。
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天明8年(1788年)、五柏園丈水建立。
これは郷土の俳人五柏園丈水が天明八戊申に猿が島と申(さる)年にちなんで建立した俳聖松尾芭蕉の句碑である。
丈水は本名を大塚六左衛門武嘉と稱し、甲州武田の家臣で猿ヶ島に土着して名主を勤めるなど、郷土の開発に貢献。
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『諸国翁墳記』に「相州愛甲郡猿ヶ島村本立寺境内ニ在 五柏園丈水連中」とある。
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記念句集『猿墳集』(天明8年冬序)
ひとゝせ村内菩提院の門前に猿塚を造建し、且ツ諸風士の金声を得て小冊に物し、是を遠近に贈つゝ、益々祖翁を信する事、君父にことならすとよ、
へちま坊悦應「五柏園行状」 |
本立寺

日蓮宗の寺である。
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