芭蕉の句碑群 馬


雲を里を里人乎休むる月見可那

 渋川市上白井南谷の蔵王堂(じょうどん)の脇道に「良夜塚」があるというので、探してみた。

 国道17号から旧沼田街道西通りを行くと、JR上越線沿いに「良夜塚」があった。


芭蕉霊神塚のすぐ近くにあったのだ。

良夜塚


雲を里を里人乎休むる月見可那

出典は『春の日』(荷兮編)。

貞享2年(1685年)に詠まれた句。

『はせをつか』(楓幻亜編)に収録されている。

市指定史跡

指定 昭和63年7月19日

良夜塚

 この良夜塚は、旧沼田街道西通り上白井南谷蔵王堂(じょうどん)の脇道に位置している。

 高さ80センチ、幅56センチの爪型をした芭蕉句碑本体が、台石の上に据えられている。

 「雲を里を里人乎休むる月見可那 芭蕉翁」と刻まれている。

 建立者は、藍沢無満の書で生方可交が、安政3年(1856年)ごろ建立したものである。

 雲が動いている間から時折顔を出す今夜の月は、人を立ち止まらせてしまうような美しい月だなあという意味か。

 また、傍ら右側に無満の句碑「去来(いざさ)ら婆(ば)我が友耳(に)せむ眠る山」が弟子たちによって建てられている。赤城の山に出てくる月を三碑あるここ良夜塚≠ナ眺めた昔が偲ばれる。

渋川市教育委員会

 本多夏彦『上毛芭蕉塚』には「八十五老樵無満書とあるから、安政六年ごろの建立であろう。」とある。

良夜塚の左に無満の句碑の句碑、右に可交の句碑があった。

無満の句碑


くたびれや花の明りにとくわらじ

無満は上小出村(現前橋市上小出町)の人、蓼園一世。

渋川市上金井の芭蕉句碑も無満筆。

生方可交建立。

可交は精細舎。別号三世蓼園。

明治20年(1887年)11月7日、81歳で没。俗名金三郎。

上白井南谷に墓がある。

可交の句碑


いざさらば我が友にせんねむる山

明治23年(1890年)2月、建立。

上白井玉ヶ岡の玉山神社にも可交の句碑がある。

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