芭蕉の句碑三 重


たわみてはゆきまつ竹のけしきかな

松阪市白粉町に来迎寺という寺がある。


教主山無量寿院来迎寺


天台真盛宗の寺である。

昭和21年(1946年)、天台宗真盛派は天台真盛宗として独立。

来迎寺の境内に五輪塔があった。


左側面に芭蕉の句が刻まれている。

たわみてはゆきまつ竹のけしきかな

『蕉翁句集』(土芳編)は「元禄六酉ノとし」とする。

 寛政5年(1793年)、芭蕉の百回忌に松阪の俳壇一葉菴社中が、翁の真蹟「待雪一句」を刻み、矢川の遍正院に建てたものが、何時の頃か此処来迎寺に移されたものです。

右側面に3人の句が刻まれている。

初雁や芦火に背く海人か顏
   一葉菴鳥醉

行秋や拭ひ柱におのか影
   二世呉扇

保つ保つと夏爐になしぬ
   三世滄波

 元文4年(1740年)頃、呉扇は江戸で柳居の門に入る。

 延享3年(1746年)7月、白井鳥酔は松阪を訪れ、呉扇の世話で一葉庵に入る。

 爰に菴あり。一葉庵と呼ぶ、これ也。烏翁延享のはじめ長途の遊袋をときてあるじしたまふ。其折にふれし名なりとぞ。


 明和8年(1771年)秋、加舎白雄は松阪を訪れ、鳥酔の遺跡一葉庵に入る。

勢南一葉菴にありしころ、さかりなる桃の一枝を恵れつゝ、けふの花にさしそへて酒酌けるに。

桃に菊けふを盧生が現かな


 明和9年(1772年)2月、『文くるま』(白雄編)。竹雨舘呉扇序。涵月楼滄波跋。

安永9年(1780年)、呉扇没。

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