芭蕉の句碑


雲折々人を休る月見かな

 加舎白雄の句碑を過ぎて更に大山不動堂登山道を上り、雨降山大山寺(HP)へ。


最後の石段を登る。


石段を登ると、右手に芭蕉の句碑があった。


雲折々人を休る月見かな

出典は『春の日』(荷兮編)。

貞享2年(1685年)に詠まれた句。

明治22年(1889年)3月、芭蕉二百回忌に建立。高橋泥舟筆。

高橋泥舟は勝海舟・山岡鉄舟と共に幕末三舟といわれた。

 昭和54年(1979年)5月、此の句碑の拓本をとり、神栖市波崎の光明院に芭蕉の句碑が建立された。

雨降山大山寺


天平勝宝7年(755年)、良弁僧正開山。

真言宗大覚寺派の寺である。

本尊は鉄造不動明王。

関東三十六不動霊場1番札所である。

高幡山金剛寺成田山新勝寺と共に「関東の三大不動」のひとつ。

建久3年(1192年)、源頼朝は太刀を奉納して戦勝を祈願した。

政子も大山不動尊に安産の祈願している。

文明18年(1486年)、道興准后は大山寺に泊まっている。

宿相州大山寺。寒夜無眠。而閑寂之余。和漢兩篇口號。

     蓑笠何堪雪後峰   山隈無舎倚孤松

   可憐半夜還郷夢   一杵安驚古寺鐘

   わが方を敷しのべどもゆめぢさへ通ひかねたる雪のさむしろ


佐久間柳居は大山不動尊に句を奉納している。

枯々や護广に煤ひて残る菊


大山寺から阿夫利神社に向かうと、無明橋がある。

無明橋の崖に芭蕉の句といわれる碑があった。


山さむしこゝろ底や水の月

『芭蕉句選』俳諧一葉集』に収録されているが、存疑句とされる。

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