芭蕉の句碑宮 崎


西行の庵もあらむ花の庭

延岡市天神小路に内藤記念館がある。


明治25年(1892年)、内藤家が延岡城の西ノ丸に邸宅を建設。
昭和14年(1939年)、内藤家が延岡市に邸宅と敷地を寄贈。
昭和20年(1945年)、延岡大空襲により焼失。
昭和38年(1963年)、市民会館「内藤記念館」完成。

内藤記念館に「静思庵」がある。


 この建物は、高千穂町三田井中川巽で百数十年を経た民家を昭和40年6月に移築したものです。

「静思庵」の右手に芭蕉の句碑があった。


西行の庵もあらむ花の庭

出典は『泊船集』。「露沾公にて」と前書きがある。

年次不詳。『芭蕉翁發句集』には「元禄六酉年」とある。

 露沾は磐城の平藩7万石城主内藤右京大夫義泰(風虎)の次男義英、その後政栄。

享保18年(1738年)9月14日、没。享年79歳。

 延享4年(1747年)、陸奥国磐城平藩の第六代藩主内藤政樹は陸奥国磐城平から日向延岡に転封された。政樹は露沾の子で俳号沾城。

文化12年(1815年)、今山神社に句碑を建立。

昭和41年(1966年)、現在の地に移されたそうだ。

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