芭蕉の句碑青 森


名月や池をめくりて夜もすから

鰺ヶ沢町七ツ石町に高沢寺という寺がある。


瀧廣山高澤寺


文化8年(1811年)、再建。

曹洞宗の寺である。

明治以前、青森は一漁村に過ぎざりしに、鰺ヶ沢は津軽唯一の港なりき。津軽の産物はこゝより出でたりき。津軽の富も文化もこゝより入りたりき。この地に高沢寺とて、青森県第一の大伽藍あるを見ても、昔の鰺ヶ沢の繁華が思ひやらるゝ也。

「陸奥の海岸線」(大戸瀬の奇巌)

本堂の裏に庭園瀧廣園がある。


瀧廣園の池島に芭蕉の句碑があった。


名月や池をめくりて夜もすから

出典は『あつめ句』(貞享4年編)。

貞亨3年(1686年)8月15日、芭蕉庵で月見の宴を催した折の句。

天保13年(1842年)5月、露月庵斯文建立。

鯵ケ沢町指定文化財

有形文化財 高沢寺芭蕉塚

 天保13年(1842年)高沢寺十七世斯文玄明和尚によって建てられ、長い間土中に埋められていたものを、大正5年に掘り出して再建したのが、

名月や池をめぐりて夜もすがら   はせを

と刻まれたこの碑である。斯文(しぶん)は俳壇におぼれたが奥儀を極めずと評された。陌頭斎和柳(化石門下)と交わり、当地の俳諧の指導に当った。

鯵ケ沢町教育委員会

高沢寺に舞戸の俳人保村晩杏の墓があるそうだ。

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