芭蕉の句碑岩 手


初時雨猿も小蓑をほしけ也

北上市諏訪町に諏訪神社がある。


諏訪神社


祭神は建御名方神。

坂上田村麻呂によって勧請されたと伝えられている。

諏訪神社に芭蕉の句碑があった。


初時雨猿も小蓑をほしけ也

『猿蓑』冒頭の句。

元禄2年(1689年)9月下旬、芭蕉46歳の作。

『卯辰集』には「伊賀へ歸る山中にて」と前書きがある。

 芭蕉が『奥の細道』の旅を終え伊勢へ足をのばした後、故郷上野へ帰る途中に伊賀街道の長野峠で詠んだものとされている。

天明元年(1781年)10月12日、黒沢尻の玄皐輦砂・處邨勸化連中建立。

玄皐連は鬼柳の白髭神社にも芭蕉の句碑を建立している。

輦砂は佐々木氏。別号輦車、雪洞坊。

天明9年(1789年)4月9日、没。

遊び初ん卯月四日の月明り

輦砂の句

火串のみ見へて月なき山の形


嘉永5年(1852年)3月13日、吉田松陰は黒沢尻に泊まる。

驛を過ぎて橋を渡れば又輕卒四十戸許りあり。黒澤尻に至りしに、和川の雪水、方に漲り舟を通すべからざるを以て、ここに宿す。行程九里。是の日、始めて梅花の爛漫たるを見る。黒澤尻は戸數三百にして花牧は稍多く、石取は一小驛のみ。


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