翁 塚


吉祥院〜「花本大明神」〜

西川町吉川に吉祥院という寺がある。


吉祥院に「花本大明神」の碑があった。


「花本大明神」碑について

 「花本大明神」と標刻するこの碑は、俳聖芭蕉への供養碑で、蕉翁碑の数ある中にもめずらしい1基である。天保十四年十月十二日建立―とあるが、この日は、知られているとおり芭蕉の忌日―時雨忌にあたり、しかもこの年はその百五十回忌に正当し、翁ゆかりの各地に追福の催しが行われている。

 歌道や俳諧師範の家格にある京都の二條家でも、このとき花本宗匠の田川鳳郎を名代とし、古川外風を催主として、著名俳人を招き、追悼の俳諧を興行したが、この興行に、当地から工藤稲州(稲沢・三九郎家五代)が名籍を連ね、その上―自今「二條家ノ俳諧御連中」たるべき免許状を授与されている。

 さて、この折宣下があって、芭蕉に「花本大明神」号がおくられている。この諡号のことは稲州によっていちはやく郷土に伝えられたに相違なく、この碑も宣下の事実を承けての建立である。

 建立者は、吉川連の俳人高橋如旭(儀右衛門)、彼は碑に―芭蕉葉の垣越ほどの廣さ哉―と自句を添えて、芭蕉への敬仰をあらわしている。碑刻全文の揮毫は竹田左琴(米沢長井連の俳人清五郎)

 こうした事どもは、当時の郷士における俳諧の隆盛をもの語り、それは他の地域との交流、中央との繋りも深く、水準の高いものであったことを示している。

撰文 町郷土史調査員那須貞太郎先生

稲州 一号 葎茶園 出羽最上稲沢 工藤三九郎

 ひと時雨過せし竹の光りかな 稲州


光龍山吉祥院


曹洞宗の寺である。

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