芭蕉の句碑奈 良


菊能香也奈良爾盤婦留幾佛達

奈良市東木辻町に稱念寺という寺がある。


一心山稱念寺


浄土宗の寺である。

 元禄7年(1694年)9月8日、芭蕉は支考惟然を伴って伊賀を出発し、奈良猿沢池畔の宿に泊まった。

本堂の手前右手に芭蕉の句碑があった。


菊能香也奈良爾盤婦留幾佛達
(菊の香や奈良には古き仏たち)

杉山杉風宛書簡(元禄7年9月10日)にある句。

寛政5年(1793年)、芭蕉の百回忌に建立。

『諸国翁墳記』に「菊 塚 南都称念寺アリ 山田一洞連中建」とある。

   「菊の香や奈良には古き佛達」といへる、芭
   蕉の句を思ひつつ詠める

般若阪越えて芭蕉が奈良に入る姿思へばわびしきろかも

猿澤の池のほとりに一夜寢し芭蕉は知らずその死近きを

死にちかき奈良の旅路にしみじみと芭蕉の見しは何の佛ぞ

奈良に來て芭蕉思へばいまもなほ菊のにほひの身に染むらむか

『短歌風土記 (大和の巻一)』

昭和40年(1965年)、山口誓子は称念寺に芭蕉の句碑を訪ねている。

 循環道路を北京終まで行って、左折すると、市場のある狭い通で、左側に称念寺があった。柵で入口を塞いであるのを外から手を入れて閂を外し、中に入った。

 門があって、突きあたりに本堂が見えたが、そこまで行かなくてもよかった。門を潜った直ぐの右手に句碑が見えたからである。いくら句碑巡礼とはいえ、闖入者にちがいなかったので、私はほっとした。

 自然石の句碑。

   菊の香や奈良にはふるき仏達

 最後の旅を奈良に来た芭蕉は、猿沢の池のほとりに宿をとった。日暮れであった。

   (中略)

 建立は寛政五年。

 「菊能香也奈良尓盤婦る幾」と書かれている。


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