芭蕉の句碑宮 城


草まくら犬もしくるゝか夜の聲

大崎市古川耳取の多田川沿いに鹿嶋山観水寺跡がある。


鹿嶋山観水寺跡

 観水寺は、平安時代の初め貞観2年(862年)慈覚大師が開いた寺で、松島の円福寺(現在の瑞巌寺)のような大きな寺であったと伝えられている。

 その後、荒れ寺になった。300年ほど後に文覚上人が寺を復興したが、文治5年(1189年)源頼朝の平泉征伐の時に焼き払われてしまったという。

 後に再び復興され、大崎氏の祈願所となり栄えたが、大崎氏の滅亡とともに次第に衰えた。

 明治7年(1874年)ごろ遂に廃寺となった。

 現在、千手観音堂と、天保14年(1843年)天録社中が建立した芭蕉の句碑がある。

西古川地区振興協議会

天保14年(1843年)は、芭蕉百五十年忌である。

千手観音堂


芭蕉の句碑


草まくら犬もしくるゝか夜の聲

出典は『野ざらし紀行』

貞享元年(1684年)、熱田から名古屋へ行く道筋で詠まれた句。

この句の碑を見るのは初めてである。

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