芭蕉の句碑長 野


卯の華や久らき柳乃及ひこし

阿智村駒場に浄久寺という寺がある。


承久元年(1912年)、創立。

浄土宗の寺である。

一言観世音(塔頭福生院本尊伊那坂東第19番札所)


八幡太郎源義家ノ守本尊ニシテ其後胤佐竹氏ヨリ信濃守小笠原氏ニ伝承サレ当寺ニ安置サル一言ニ奇特ヲ見セシメ給ウ霊験ニヨリ広ク信仰サル

鐘楼の下に芭蕉の句碑があった。


卯の華や久らき柳乃及ひこし

出典は『炭俵』

元禄7年(1694年)に詠まれた句。

明治25年(1892年)8月、會地關を記念して建立。

阿智村有形文化財である。

「會地關」は古代東山道の「阿布知(あふち)の関」。

 「阿布知の関」があったという伝承地に「逆さウツギ(卯の花)」の古木がある。西行法師が「阿布知の関」跡を通り、地面に挿した杖から芽吹いたといわれる古木である。

浄久寺の住職武川有無香は阿弥陀寺十五代住職安静梅好の弟。

 明治22年(1889年)6月、浄久寺の住職となる。

 明治22年(1889年)11月、俳諧結社「信南真(まこと)連」を主宰。

 明治26年(1893年)10月、芭蕉二百回忌を記念して俳諧結社「信南真(まこと)連」は芭蕉の句碑を建立。

 明治39年(1906年)11月29日、48歳で没。

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