芭蕉の句碑長 野


名月や児達ならぶ堂乃掾

千曲市寂蒔の旧北国街道沿いに上町集会所がある。


集会所の向かいに「浄海と芭蕉翁の碑」があった。


半ば風化して、文字はよく読めない。

浄海と芭蕉翁の碑
(芭蕉塚又は松風塚という)

名月や児達ならぶ堂乃掾
   翁

ひと時も大事な世たれ木槿咲く
   舟山

暮れて行く月日あらわに秋の山
   松風

 この碑の大石を東山より出すに当り、坊主頭に鉢巻をして「気やり」を以て引出し、若者の助を得て望みを遂げ、嬉し泣きに泣いたという。

 高さ2m13cm 巾1m

芭蕉の句の出典は『初蝉』(風国編)。

   月

   翁義仲寺にいませし時に

名月や兒たち並ふ堂の橡
   芭蕉

   とありけれと此句意にみたすとて

名月や海にむかへは七小町
   仝

   と吟しても尚あらためんとて

明月や座にうつくしき皃もなし
   仝

舟山は宮本虎杖の子八郎のこと。

松風は寂蒔の人で、地蔵庵主浄海というそうだ。

天明4年(1784年)7月22日、菅江真澄は中村神社を探した。

ふたひ下戸倉に歸り來て、中村神社はいつこならんと尋れは、寂寞村とて木綿襷(ゆふたすき)のやうなるものを軒にかけてうる里の南に、向八幡村とも中村ともいふ処におはしませり。

「來目路乃橋」

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