芭蕉の句碑滋 賀


石山の石にたばしる霰かな

大津市石山寺の瀬田川沿いに石山寺がある。


石山寺から石山寺観光駐車場へ向かう途中の右手に芭蕉の句碑があった。



石山の石にたばしる霰かな

出典は『麻生』。

かれはあはれに、これはお(を)かしとあらそひあへるが、阿叟いし山の口号を得たりける。これは何がし岩本坊といへる許に残し置給ひける短冊の句なり。げにかゝる風流のいまだ見へ(え)侍らざりければ、泊瀬の秋をならべて又一ふしのあわ(は)れとぞなしける。

石山の石にたばしるあられ哉

『麻生』

元禄3年(1690年)の句。

 芭蕉翁は、ここ石山寺をたびたび訪れています。この句は元禄3年(1690年)の冬の日に作られたものです。

 石山寺の名の由来でもある幾重にもなった巨大な硅灰石の上に、白く固い霰が激しく降り注いで、たちまちあたりへと飛び散って行きます。

 その光景からは 石とあられがぶつかり合うときの硬くリズミカルな響きが聞こえてくるようです。

大津市

 そこで、源実朝の「武士(もののふ)の矢並つくろふ籠手(こて)の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原」を本歌取りした芭蕉の句がおもいうかぶ

  石山の石にたばしる霰かな(「麻生」)

 甲冑にも比せられる石と、そのうえに乱舞するアラレとの対比だ。アラレがいかに乱舞しようと、石はびくともしないのである。

『庭と日本人』(上田篤著)

芭蕉の句碑滋 賀〜に戻る