芭蕉の句碑埼 玉


しはらくは花の上なる月夜哉

熊谷市鎌倉町に石上寺という寺がある。


星河山千手院石上寺


寛文11年(1671年)、創建。

真言宗智山派の寺である。

本堂の右手に芭蕉の句碑があった。


しはらくは花の上なる月夜哉

出典は伊藤風国『初蝉』(元禄9年刊)。

 貞亨5年(1688年)春、「笈の小文」の旅の途上で詠まれた句。服部『蕉翁句集』(土芳編)には「よし野にて」と前書きがある。芭蕉45歳の時である。

碑陰に老鼠堂晋永機の撰文と幽谷を始め5人の句が刻まれている。

我や老ぬ植しさくらも二十年   幽谷

幽谷は竹井澹如の俳号。

澹如は代々熊谷宿の本陣をつとめた竹井家の養子である。

慶応年間より明治初年にかけて別邸「星渓園」を設けた。

 天保10年(1839年)、上野国甘楽郡羽沢村(現:群馬県甘楽郡南牧村)に市川五部兵衛の六男として生まれる。

 慶応元年(1865年)、27歳の時に熊谷宿で本陣をつとめる竹井家を継ぎ、14代当主となる。

 明治12年(1879年)、埼玉県会の議員に当選、初代議長に就任する。

 明治16年(1883年)3月、熊谷堤に染井の桜を植える。

 明治19年(1886年)、内田朴山らと水音盟社を組織する。

 明治35年(1902年)3月、熊谷堤に句碑建立。

 明治35年(1902年)、渋沢栄一を会頭として学生誘掖会を開設。

 大正元年(1912年)8月7日、74歳で死去。熊谷寺に葬られた。その後、墓地は熊谷市内大原に移動される。

短夜の水にくづるる篝火かな

 句碑は熊谷堤工事の時に石上寺門前に移されたが、石上寺工事の後寺内に移された。

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