芭蕉の句碑三 重


うぐひすの笠おとしたる椿哉

伊賀市長田に金刀比羅神社がある。


金刀比羅神社


社殿の右手に芭蕉の句碑があった。


うぐひすの笠おとしたる椿哉

出典は土芳稿『芭蕉翁全傳』

 元禄3年(1690年)芭蕉47歳の作。季語は「椿」で春。土芳稿『芭蕉翁全傳』に、「此句、西島氏百歳子ノモトニテノ事也。二月六日歌仙一巻有」と注記する。1月3日、近江国膳所より伊賀上野に帰郷した芭蕉が、2月6日、伊賀の西島百歳亭に招かれ連句会に一座した折の発句。百歳子は伊賀上野の藤堂新七郎家の五郎左衛門良重の子で、芭蕉が仕えた蝉吟の甥。後に西島家を継いだ。「青柳を片糸によりてうぐひすの縫ふてふ笠は梅のはながさ」(『古今和歌集』神遊びの歌)等の古歌以来、鶯が梅の花笠を縫うという和歌は数多い。この句はそれを一転し、眼前の落椿を梅の花笠ならぬ椿の花笠と見立てたところに俳諧性がある。庭前の即興を題材に、誹諧らしい趣をもった挨拶句。

 句意は、「鶯がさえずっている。そのさなか、椿の花がぽとりと落ちた。昔から鶯に梅の花笠というが、鶯が落した椿の花笠であるよ。」

平成6年(1994年)2月6日、金刀比羅神社奉賛会建立。

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