城山芭蕉句碑の句と共に元禄元年(1688年)の句で、白く咲き続く桜の上に、月が青白く照っているという夢のような世界をとらえ、これもしばらくの間のことだと言っている。 筆者は、備後(広島)に生まれ、大阪に住み、明治2年(1869年)68歳で没した藤井鼎左かと思われる。 建碑は嘉永4年(1851年)松本本町の高美宣智による。 碑陰に照樹の次の句が刻まれている。 |
城山の麓なる淵雲亭に |
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世々麗水の湧き出ければ |
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とくとくと水は根つよき日永かな |
昭和57年3月
松本市をよくする市民運動推進会議 |