翁 塚


金鳳寺〜「初雪塚」〜

坂井市三国町北本町の高台に金鳳寺という寺がある。


瑞雲山金鳳寺


日和山

 船の出入を決めるために、河口の天気模様を確かめたこの高台を日和山と呼んだ。その座に建つ金鳳寺は曹洞宗禅寺。江戸中期には、俳諧に親しむ有力商人たちが吟社を結び、御堂から三国湊の風景を楽しみながら句会を催した風雅の地である。境内には芭蕉翁を称えた初雪塚や歴代宗匠の句碑、木彫の名人嶋雪斎の墓などが並ぶ。

 元禄14年(1701年)、各務支考は北陸行脚の帰途、昨嚢を訪れ日和山の句を詠んでいる。

   日和山 昨嚢興行

ひよ鳥の雲やわたりて日和山


千代尼は日和山を訪れている。

   白雨 越の日和山にて

ゆふだちの道よりもなし日和山


初雪塚


芭蕉翁

寛保3年(1743年)10月、建立。

 右側面に「梅花仏」、左側面には「雪花仏」と刻まれているようだ。

 「梅花仏」は美濃派の祖各務支考の諡号、「雪花仏」は日和山吟社初代の宗匠岸名昨嚢の諡号であろう。昨嚢は通称新保屋惣助、材木商を営む。別号斜雲舎。

 台石の裏面中央に「初雪塚」と刻まれ、側面に「寛保三癸年 亥孟冬中浣」とあるそうだ。

 「初雪塚」の名は「初雪や水仙の葉のたわむまで」の句に由来するという。

日和山吟社由来の地

芭蕉の初雪塚を建立し余徳を景仰した所で
日和山吟社由来の地である。

三国町教育委員会

一井翁喜寿塚


一井は三国日和山吟社滝谷連第九代。美濃派以哉系の俳人である。

 明治26年(1893年)、「二鏡社」は菫塚(芭蕉句碑)建立。聴秋庵沢田一井の筆。

大正9年(1920年)の芭蕉忌に建立。

座して知る風の蕉(やつれ)や日和山」の句が刻まれているそうだ。

 享保6年(1721年)5月、沢露川は北越行脚の途上、日和山を訪れている。

   日和山にのぼりて

あやかしものくや五月の日和山


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