芭蕉の句碑茨 城


松風の於知葉可水能音寿々之

日立市東河内町に玉簾寺という寺がある。


瀑布山玉簾寺


臨済宗円覚寺派の寺である。

 茨城県指定文化財(彫刻)

 木像観音菩薩坐像が安置されている瀑布山玉簾寺は、水戸藩第二代藩主徳川光圀の命によって、延宝6年(1678年)に創建されたものです。

 この観音菩薩坐像は、檜材を用いた奇木造りで、像高59.3センチメートルあり、南北朝時代、14世紀ころに制作されたものです。

 像の胎内には、徳川光圀が所持していた仏像を荘厳に修飾して、貞享3年(1688年)5月、玉簾寺へ安置したしとことを墨書した銘札が納入されています。

 玉簾寺の観音菩薩坐像は、深い慈悲を感受され聖観音仏で、特に女性の苦悩を救ってくれる仏として知られています。北の玉簾・南の雨引(雨引山法楽寺)といわれ、安産祈願のため多くの参拝者が訪れています。

日立市教育委員会

観音堂の左手に芭蕉の句碑があった。


芭 蕉

松風の於知葉可水能音寿々之
(松風のおち葉か水の音すゝし)

出典は『蕉翁句集』

『蕉翁句集』は「貞享元子ノとし」とする。

 文政9年(1826年)4月、水戸の陶々、里見村小菅の磨牛、東河内上村の梅蘆の発願により建立。寛斎筆。

 陶々は水戸藩士加藤寛斎の俳号。別号文昇。名は嘉継。通称は多吉、のち善兵衛と改めた。

慶応2年(1866年)8月28日、85歳で没。

玉簾寺境内にはもう一つの句碑がある。


「田毎碑」と篆額がある。

手習にこゆるも花の山路かな   松風翁

その下に9人の句が刻まれている。

観音堂の裏に「玉簾の滝」がある。


宝暦3年(1753年)4月、風光は玉簾の滝を見ている。

酉の卯月はしめ常州水戸白布山玉簾寺に滝を見て

卯の花の瀧にも見慕恋やすむ哉

『宗祇戻』(風光撰)

大正9年(1920年)4月21日、大町桂月は玉簾の滝を訪れている。

 大中では荒蒔義郷氏の家に宿した。斯く三宿して、里川流域の風景を探つた。この流域では、玉簾の滝が最も目につく。滝壷の一本欅が殊に壮観である。

   谷底の一本欅滝を抜き滝の上なる木立をも抜く

 この欅が壮観であるにしても、玉簾の滝は里川流域の滝である。天下の滝ではない。

「水戸の山水」(八景以外の風景)

「玉簾寺と玉簾の滝」は茨城観光百選に選ばれている。

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