芭蕉の句碑長 野


野を横に馬曳む計よ郭公

塩尻市広丘郷原に郷福寺という寺がある。


桔梗山郷福寺


高野山真言宗の寺である。

本堂の右手に芭蕉の句碑があった。


野を横に馬曳む計よ郭公

出典は『奥の細道』。

 元禄2年(1689年)4月16日(新暦6月3日)、芭蕉は黒羽を発って殺生石に向かう。館代浄坊寺桃雪に野間まで馬で送られた。その時、馬方の求めに応じて詠んだ句である。

安永4年(1775年)10月12日、五尺菴青柳露白建立。

露白は坂北の人。漢方医。

寛政元年(1789年)8月21日、没。

郷福寺に墓がある。

寛政4年(1792年)10月22日、栗庵似鳩は郷福寺に泊まっている。

今霄は此寺に一泊をゆるさる、されと院主は法用の為に壇(ママ)家へ出給へは能化の饗給へる、酒を飲ミ夕飯を過して客殿に入て臥、仍之院主の返りを知らす


嘉永2年(1849年)、『善光寺道名所図会』刊。

○郷福寺 桔梗山白馬院と号す真言宗京知恩院に属す 本堂本尊大日 觀音堂正觀音聖徳太子御作信州百番の内二十八番の札所なり 藥師堂聖天堂山門惣門等燒失して仮殿なり句碑有

   野を横に馬曳むけよほとゝきす   はせを

『善光寺道名所図会』

芭蕉の句碑長 野〜に戻る