芭蕉の句碑新 潟


文月や六日も常の夜には似ず

瀬波温泉から村上市の石船神社に行く。


石船神社は延喜式内社

石船神社由緒には境内に芭蕉の句碑が2基あると書いてある。

ひとつは参道の赤い鳥居の前にあった。


花咲て七日鶴見る麓哉

出典は『俳諧一橋』(清風編)。

 貞亨3年(1686年)3月20日、鈴木清風の江戸の屋敷で開かれた歌仙の発句。

   三月廿日即興

花咲て七日見る麓哉
   芭蕉

   懼(おぢ)て蛙(かはづ)のわたる細橋
   清風

芭蕉が『奥の細道』の旅に出る3年前、43歳の時である。

文政4年(1821年)、建立

 『諸国翁墳記』に「翁 塚 越后岩舩郡岩舩町石舩大明神境内 行脚秋水建」とある。

参道を登ると、石船神社があった。


境内に芭蕉の句碑は見当たらない。

社務所で尋ねると、白い鳥居の上の招魂社にあると教えてくれた。

招魂社に登る途中、もうひとつの芭蕉の句碑があった。


文月や六日も常の夜には似ず

 元禄2年(1689年)7月6日(陽暦8月20日)、芭蕉は柏崎から直江津にやって来た。

 酒田の余波日を重て、北陸道の雲に望、遥々のおもひ胸をいたましめて加賀の府まで百卅里と聞。鼠の関をこゆれば、越後の地に歩行を改て、越中の国一ぶりの関に到る。此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず。

嘉永2年(1849年)4月、建立。

佐久間柳居は石船神社に句を奉納している。

沖にたつ浪や祭のはやし物


猫魔温泉へ。

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