芭蕉の句碑滋 賀


大津繪の筆のはしめは何佛

大津市園城寺町に円満院がある。


天台宗系の単立寺院。

境内に大津絵美術館がある。

 大津絵は、元禄頃大津の追分辺りで売り出されて流行した仏像・民間信仰・伝説などを描いた絵。追分絵。

大津絵美術館の前に芭蕉の句碑があった。


大津繪の筆のはしめは何佛

出典は俳諧勧進牒』(路通編)。

三日口を閉て題正月四日」と前書きがある。

元禄4年(1691年)正月4日、大津で詠まれた句。芭蕉48歳の時である。

昭和46年(1971年)5月、近江郷芸美術館(現大津絵美術館)開設記念に建立。

碑の右下に高橋松山の大津絵が線刻されている。

円満院にもう1基の芭蕉句碑があった。


三井寺の門たたかばやけふの月

出典は『雑談集』(其角著)。

元禄4年(1691年)8月15日、義仲寺の月見の句会で詠まれた句。

昭和38年(1964年)10月12日、芭蕉二百七十回忌に建立。

昭和28年(1953年)8月、中村草田男は帰郷途次、円満院を訪れた。

   大津、圓滿院にて

羊齒多き林泉白雨突如せはし

明治帝の若かりし玉座白雨の前

探幽描くは芭蕉へ母のかくれん坊


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