芭蕉の句碑京 都


い佐ゝらは雪見爾こ路ふ處まて

京都市左京区岩倉上蔵町に大雲寺という寺がある。


天台宗寺門派の寺である。

天禄2年(971年)、円融天皇勅願寺として創建。

本尊は行基菩薩作十一面観音。

『源氏物語』の舞台として登場する。

 すこし立ち出でつつ見わたしたまへば、高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに見おろさるる、ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしうしわたして、きよげなる屋、廊などつづけて、木立いとよしあるは、「何人の住むにか」と問ひたまへば、御供なる人、「これなん、なにがし僧都のこの二年籠りはべる方にはべるなる」、「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな、聞きもこそすれ」などのたまふ。

『源氏物語』(若紫)

昭和60年(1985年)、「不二房」旧地の現在地に移転した。

大雲寺に芭蕉の句碑があった。


い佐ゝらは雪見爾こ路ふ處まて

出典は『花摘』(其角著)。

 貞亨4年(1687年)、『笈の小文』の旅の途中、名古屋の風月堂で詠まれた句である。芭蕉44歳の時のこと。

天明4年(1784年)10月12日、建立。

上部が一部欠けている。

昭和36年(1961年)5月10日、荻原井泉水は大雲寺を訪れている。

岩倉、大雲寺

鐘の古さよろしさ青葉黒むばかり


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