芭蕉の句碑福 島


笈も太刀も五月にかざれ紙幟

東北自動車道吾妻PA(下り)に芭蕉の句碑があった。


芭蕉の句碑


笈も太刀も五月にかざれ紙幟

今まで吾妻PAを利用することはなかったので、知らなかった。

芭蕉をめぐる道しるべ

笈も太刀も五月にかざれ紙幟

 「おくのほそ道」をたずねる俳聖芭蕉が、元禄2年(西暦1689年)5月1日、福島市飯坂町平野の医王寺で詠んだ句です。

 同寺は、奥州藤原氏の家臣で当時この地方を治めていた信夫庄司こと佐藤元治などの一族の菩提寺です。佐藤元治の2人の息子継信・忠信は義経に従い戦死しましたが、2人の妻が夫の甲冑を身に着け凱旋し、病床の母を慰めたという話があります。芭蕉はこの話に感涙し、佐藤一族の墓参りに同寺を訪れました。

 墓参りをして、お茶を1杯飲んでいたところ、この寺の宝物に弁慶の笈(修験者が背に負う箱)と義経の太刀があると聞き、この句を作成したということです。

 丁度端午の節句の時期なので、あちこちは紙幟(こいのぼり)がひるがえっている。寺宝として伝わる弁慶の笈や義経の太刀も飾って、端午の節句を祝ってもらいたい。

 その医王寺から近い吾妻パーキングエリアに芭蕉旅立ち300年を記念し、記念碑を建立したものです。

日本道路公団

宮城県白石市に継信・忠信兄弟の妻、楓・初音を祭った甲冑堂がある。

芭蕉旅立ち300年は平成元年(1989年)。

不動滝へ。

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