『笈の小文』には「清水哉」、 『泊船集』、『芭蕉翁發句集』(安永3年刊)、『風羅袖日記』には「木下にかゝる」、 『芭蕉句鑑』には「春雨の木下につたふ苔清水」とある。 |
碑陰に天保11年(1840年)義仲寺現住閑亭謹書 庚子孟春日 百瀬尚司言樹建之 浅間三浦仁佐郎之寄贈 大正6年5月真観寺ヨリ移ス とある元禄元年(1688年)作の句 |
右の側面に刻む 百瀬尚司は松本の町人、蔵六は下波田村の俳人。 |
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碑陰に于時大正10年9月建之 その他其角一門の発起人6人の俳人名を刻む この句は近くにある保存木しだれ桜の花を詠んだ句で、明治33年門人の立机祝に来た機一は江戸神田生まれ、俳諧の大家で八世其角堂となる。昭和8年78歳で没する。 |
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