芭蕉の句碑山 梨


此あたり眼に見ゆるものみな涼し

北杜市高根町五町田に浅間神社がある。


浅間神社の奥に芭蕉の句碑があった。


涼 塚

此あたり眼に見ゆるものみな涼し

出典は『風俗文選』

 貞亨5年(1688年)6月8日、『笈の小文』の旅の帰路、岐阜の油商賀島善右衛門の別邸に招かれた際に詠まれた句。

「十八楼ノ記」には「目に見ゆるものは」とある。

明治14年(1881年)、蕪庵建立。

芭蕉の句碑の左手に蕪庵守彦の句碑があった。


初冬やそこら見えすく星明り

小尾守彦は蕪庵三世。本名は兵之進。

寛政3年(1791年)、五町田に生まれる。

天保15年(1844年)9月4日、53歳で没。

明治25年(1892年)9月、建立。

道路に面して彦貫の句碑があった。


見渡せば富士にへだたる青田かな

彦貫は蕪庵四世。本名清水源五郎。五町田で酒造業を営む。

享和元年(1801年)、五町田に生まれる。

万延2年(1861年)、守彦追善集『旭露集』刊。

安政5年(1858年)、西井出古林の忠光寺に芭蕉の句碑を建立。

明治4年(1871年)9月9日、63歳で没。

明治17年(1884年)1月、句碑建立。

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