石川啄木
『悲しき玩具』
―一握の砂以後―
呼吸(いき)すれば、 胸の中(うち)にて鳴る音あり。 凩(こがらし)よりもさびしきその音! 二晩おきに、 夜の一時頃に切通の坂を上りしも―― 勤めなればかな。 なつかしき 故郷にかへる思ひあり、 久し振りにて汽車に乗りしに。 新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど―― 何となく、 今年はよい事あるごとし。 元日の朝、晴れて風無し。 人がみな 同じ方角に向いて行く。 それを横より見てゐる心。 石狩の空知郡(ごほり)の 牧場のお嫁さんより送り来し バタかな。 百姓の多くは酒をやめしといふ。 もっと困らば、 何をやめるらむ。 ふるさとの寺の畔(ほとり)の ひばの木の いただきに来て啼きし閑古鳥! 時として、 あらん限りの声を出し、 唱歌をうたふ子をほめてみる |