文 学


『春夏秋冬』(春之部)(夏之部)(秋之部)(冬之部)

『春夏秋冬』(碧梧桐虚 子 共編)

明治35年(1902年)12月17日、『春夏秋冬』(冬之部)。

   時 候

小春日や南を追ふて蠅の飛ぶ
   子 規

海広し師走の町を出離れて
   子 規

行く年や膝と膝とをつき合せ
   漱 石

梅一枝早きに過ぎし年の暮
   露 月

ほしこもの年も暮れぬる新世帯
   碧梧桐

歳晩の二日になりて事多し
   虚 子

燭剪つて暁近し大三十日
   漱 石

朝な朝な粥食ふ冬となりにけり
   子 規

髯のある雑兵共や冬の陣
   同

煎餅干す日影短し冬の町
   同

不忍の鴨寐る静まる霜夜かな
   子 規

冬されや狐も喰はぬ小豆飯
   子 規

中天に月冴えんとしてかゝる雲   虚 子

こほる手やしをりの總の紅に
   子 規

つく息の酒こほるらん冬の月   虚 子

雲なくて空の寒さよ小山越
   子 規

べんべらを一枚着たる寒さかな
   漱 石

刈跡の葭原寒し水溜
   碧梧桐

伊豆の海や大島寒く横はる
   同

足早き提灯を追ふ寒さかな   虚 子

   人 事

留守狐お供狐を送りけり
   子 規

鹿に乗る神もまします旅路かな
   虚 子

門前に知る人もある十夜かな   虚 子

芭蕉忌や其角嵐雪右左
   子 規

芭蕉忌や我俳諧の奈良茶飯
   子 規

法の花松にとられなお命講   虚 子

雑魚寐して風を引いたる男かな
   露 月

風呂吹や蕪村百十八回忌
   子 規

物くれる阿蘭陀人やクリスマス   虚 子

北の窓日本海を塞ぎけり   子 規

吹き絶えし薔薇の心や冬籠   子 規

耳うとき嫗が雑仕や冬籠
   鳴 雪

冬籠米つく音のかすかなり
   漱 石

菊枯れて廬に冬籠るべくなりぬ
   露 月

寺にありて茶粥茶飯に冬籠   虚 子

寒声は女なりけり戻橋   鳴 雪

寒声のうたてき朝寝宵寝哉
   素 石

月西へ寒念仏の声遠くなり
   露 月

寒垢離や不動の火焔氷る夜に   子 規

寒垢離や信心堅き弟子大工
   同

落柿舎の日記に句あり鉢叩   子 規

鍋焼や火事場に遠き坂の上   子 規

煤掃の音はたとやむ昼餉かな   子 規

煤掃の捨てもやらざる枯しのぶ
   碧梧桐

古傘で風呂焚く暮や煤払   虚 子

年忘橙剥いで酒酌まん   子 規

火の患水のの患古暦
   碧梧桐

人丸は烏帽子芭蕉は頭巾にて   子 規

弁慶は其頭巾こそ兜なれ
   同

脇僧は錦の頭巾着たりけり   鳴 雪

二人立つ頭巾ながらや物語
   露 月

仁和寺は鼎に懲りて頭巾かな
   波 静

無精さや蒲団の中で足袋を脱ぐ   子 規

一家中足袋はくことを許されず
   露 月

十年の苦学毛の無き毛布かな   子 規

足が出てせん方もなき蒲団かな
   露 月

蒲団干す裏町未だ日あたらず
   極 堂

美しき蒲団干したり十二欄   鳴 雪

かんじきに馴れたる奥の女かな   子 規

かんじきや市に物買ふ山男   虚 子

大木を載せたる雪車の辷りかな   子 規

炭焼の顔洗ひ居る流かな   鳴 雪

寝ぬる頃少し残りし炭火かな
   露 月

枯葛は燃えてもいぶる粉炭かな
   碧梧桐

炉開や此炉楽む老一人   虚 子

炉開の猫も処を得たりけり
   同

男の童と女の童と遊ぶ火燵かな   子 規

置炬燵雪の兎は解けにけり
   同

床下の風の通ひや古炬燵   鳴 雪

掃除中炬燵荒涼のけしきあり
   同

隠れ家やこたつの上の太平記
   青 々

あぢきなき炬燵の夢や占問はん   虚 子

絵屏風の倒れかゝりし火桶かな   子 規

酒を置いて老の涙の火桶かな
   碧梧桐

病床の位置を変へたる暖炉かな   子 規

暖炉焚くや玻璃窓外の風の松
   同

埋火や青墓途の一件家   子 規

懐炉冷えて上野の闇を戻りけり   子 規

ひとり言ぬるき湯婆をかゝへけり   子 規

霜やけの手をかくしけり袖の中   虚 子

いさゝかの煮凍さがすともしかな
   露 月

納豆や飯たき一人僧一人   子 規

我庵の暖炉開きや納豆汁   子 規

蘭学の書生なりけり薬喰   子 規

乾鮭にわびし日頃や薬喰
   同

風呂吹や小窓を圧す雪曇   子 規

風呂吹を釜ながら出して参らする   虚 子

   天 文

冬の日のあたらずなりし乾飯かな
   子 規

木の影や我影動く冬の月   子 規

寒月や雲尽きて猶風烈し   子 規

しぐるゝや紅薄き薔薇の花   子 規

しぐるゝや鶏頭黒く菊白し
   同

一東の韻にしぐるゝ愚庵かな
   漱 石

松風にしぐるゝ能の舞台かな
   虚 子

口こはき馬に乗つたる霰かな   子 規

から城に鵲騒ぐ霰かな   子 規

我善坊に車引き入れふる霰
   碧梧桐

凧に霰降り来る曇りかな
   同

大雪になるや夜討も遂に来ず   子 規

罵るや戎を縛す雪礫
   碧梧桐

雪を煮てわづかに釜の音を聞く   虚 子

もてあます女力や雪まろげ
   鳴 雪

凩や芭蕉の緑吹き尽す   子 規

凩や暖室の花紅に
   同

木枯や鬼を捕へし山の神
   青 々

木枯に吹かれて遠し三井の鐘
   霽 月

   地 理

わらんべの犬抱いて行く枯野かな
   子 規

一つ家に鉦打ち鳴らす枯野かな
   同

鳥飛んで荷馬驚く枯野かな
   同

遠山に日の当りたる枯野かな
   虚 子

汽車道の一段高き冬田かな   子 規

家めぐる冬田の水の寒さかな
   同

紅葉散りて泥乾かざる冬田かな   虚 子

冬川の菜屑啄む家鴨かな   子 規

冬川や家鴨七羽に足らぬ水
   同

菊も刈り芒も刈りぬ霜柱   子 規

道と見えて人の庭踏む霜柱
   碧梧桐

生垣や人侘びて庭に霜柱
   同

氷伐る人かしがまし朝嵐   子 規

流れたる花屋の水の氷りけり
   碧梧桐

藪陰に朝日のあたる氷かな   虚 子

   動 物

鯨突のよろひ立つたる浜辺かな
   極 堂

鶴の羽の抜けて残りぬ力草
   子 規

献上や五十三次鷹の旅
   同

鷹据ゑて人憩ひ居る野茶屋かな
   同

鷹に遠く逃げて藁屋の雀かな
   碧梧桐

鷹狩の獲物の鶴を賜はりぬ
   虚 子

静かさやをしの来て居る山の池   子 規

有明やをしの浮寐のあからさま
   鳴 雪

水鳥のばさばさと立つ夜網かな
   碧梧桐

不忍や水鳥の夢夜半の三味
   同

水鳥や焚火に逃げて洲の向ふ   子 規

水鳥や篝火に多き安土城
   極 堂

御社や庭火に遠き浮寐鳥   子 規

廻り行く巨椋の池や浮寐鳥
   青 々

乾鮭や頭は剃らぬ世捨   子 規

老僧は人に非ず乾鮭は魚に非ず
   同

乾鮭や市に隠れて貧に処す
   同

乾鮭のからついて居る柱かな
   漱 石

俳諧や遂に乾鮭に酒を置く
   露 月

乾鮭のあるが上にも貰ひけり
   青 々

乾鮭や身は鱗の瘠法師
   碧梧桐

河豚くふや短き命短き日   虚 子

河豚くふて尚生きてゐる汝かな
   同

寒潮に河豚の毒を洗ひけり
   同

牡蠣殻や磯に久しき岩一つ
   碧梧桐

牡蠣をむく火に鴨川の嵐かな   虚 子

   植 物

帰り咲く八重の桜や法隆寺
   子 規

山茶花の垣根に人を尋ねけり   子 規

山茶花にあるは霙の降る日かな
   碧梧桐

山茶花の花の田舎や納豆汁
   同

生けて久しき茶の花散りぬ土達磨   子 規

菓子赤く茶の花白き忌日かな
   同

茶の花を愁の伴や座禅堂
   青 々

茶の花や門のみ残る屋敷跡   虚 子

門前のすぐに阪なり冬木立   子 規

枯柳八卦を描く行燈あり   子 規

木の葉散る奥は日和の天王寺   子 規

落葉かき小枝ひろひて親子かな
   同

古家や狸石打つ落葉の夜
   同

ほろほろといろりの木の葉燃て無し
   同

がらがらに枯て転がる落葉かな   虚 子

菊枯れて冬薔薇蕾む小庭かな   子 規

枯菊に来らずなりし狐かな   虚 子

菊枯れて寒き日南となりにけり
   同

寒菊や年々同じ庭の隅   虚 子

水仙や端渓の硯紫檀の卓
   鳴 雪

水仙に古画商ふ小店かな
   同

仏壇に水仙活けし冬至かな   子 規

畝にして水仙つくる小家かな
   青 々

韓人の人参干すや水仙花
   極 堂

水仙や冬籠りたる九十にち
   青 嵐

水仙と唐筆を売る小家かな
   碧梧桐

萩枯れて山門高し南禅寺   虚 子

夕顔の枯れにし宿や狂女住む   子 規

人うめし印の笠や枯芒
   鳴 雪

枯蘆やはたはたと立つ何の鳥
   寅 彦

枯荻や日和定まる伊良胡崎   子 規

草枯や一もと残る何の花   子 規

草枯るゝ賤の垣根や枸杞赤し
   同

草枯に染物を干す朝日かな
   碧梧桐

水引くや冬菜を洗ふ一構   子 規

梁に狸吊して蕎麦湯かな
   青 々

葱汁や京の下宿の老書生   子 規

葱洗ふや野川の町に入る処
   同

清流に長き根深を洗ひけり
   露 月

洗はざる葱買ふて山に帰るかな
   同

蕪干せば冬の日低うなりにけり
   青 々

うき宿の朝な朝なや蕪汁
   同

蕪大根時羞の奠を具へけり
   寅 彦

天才を産せし村の蕪かな
   大 虚

春夏秋冬冬之部附録

新年の部

臣老いぬ白髪を染めて君が春
   漱 石

元日の袴脱ぎ捨て遊びけり
   碧梧桐

元日の屏風隠れに化粧かな
   同

梨壺の使の童明の春
   虚 子

元朝の氷捨てたり手水鉢
   同

琴棋書画松の内なる遊びかな   虚 子

痩馬を飾り立てたる初荷かな
   子 規

蓬莱の陰や鼠のさゝめ言   子 規

蓬莱や海老かさ高に羊歯隠れ
   碧梧桐

蓬莱に徐福と申す鼠かな   虚 子

文 学に戻る