文 学


『春夏秋冬』(春之部)(夏之部)(秋之部)(冬之部)

『春夏秋冬』(碧梧桐虚 子 共編)

明治35年(1902年)9月7日、『春夏秋冬』(秋之部)刊。

   時 候

来る秋のことわりもなく蚊帳の中
   漱 石

湖を前に関所の秋早
   同

今朝の秋千里の馬を相しけり
   碧梧桐

芒の穂二百十日も過ぎにけり
   子 規

山門をぎいと鎖すや秋の暮
   子 規

秋の暮門に風呂焚く山家かな
   極 堂

泣きやまぬ子に灯ともすや秋の暮   碧梧桐

長き夜や孔明死する三国志
   子 規

朝寒や三井の仁王に日のあたる
   鳴 雪

朝寒やたのもと響く内玄関
   子 規

松明に落武者探す夜寒かな
   子 規

渋柿は渋にとられて秋寒し
   子 規

ひやゝかな鐘を撞けり円覚寺
   漱 石

冬近し今年は髯を蓄へし
   子 規

取に来る鐘つき料や暮の秋
   子 規

砂の如き雲流れ行く朝の秋
   子 規

一つ家のうしろに秋の堤かな
   梅 屋

   人 事

清明の頭の上や星も恋
   漱 石

盂蘭盆や仏の花に女郎花
   虚 子

送火やかくて淋しき草の宿   虚 子

同じ事を廻り燈籠の廻りけり
   子 規

接待や芝居のやうな子巡礼
   子 規

接待の札所や札の打ち納め
   同

接待や暫く憩ふ老一人   虚 子

月出でゝ鬼もあらはに躍かな
   碧梧桐

屋根越に僅かに見ゆる花火かな
   鳴 雪

淀の闇の花火や天の一方に   碧梧桐

稲妻の光る花火の絶間かな
   同

黍畑のはづれで見たる花火かな   虚 子

相撲取ちひさき妻を持ちてけり
   子 規

秋社気晴れて供の奴かな   虚 子

年々に天長節の日和かな
   鳴 雪

草の戸や天長節の小豆飯
   子 規

卓上や菊の杯菊の酒
   露 月

団欒や民喜びの菊の酒   碧梧桐

虫送る松明森に隠れけり
   子 規

小博奕に負けて戻れば砧かな
   子 規

里の月砧打つべく夜はなりぬ
   同

玉川や夜毎の月に砧打つ
   同

薬掘昔不老の願あり
   漱 石

大根蒔く日より鴉を憎みけり   碧梧桐

某は案山子にて候雀どの
   漱 石

我笠と我蓑を着せて案山子かな   碧梧桐

鹿笛に鹿たちあがる峰の月
   極 堂

鰯網鰯の中の小鯛かな
   子 規

網あげて鰯ちらばる浜辺かな
   同

憂あり新酒の酔に托すべく
   漱 石

師の坊に新酒参らす古き壺   虚 子

菊咲いて自ら醸す新酒かな
   同

新米の俵も青き貢かな
   鳴 雪

新米に娘も売らで取りつきぬ
   同

新米を河の東に運びけり
   子 規

椽に干し庭に干したる煙草かな   虚 子

   天 文

古城は北に聳えて天の川
   鳴 雪

鶏頭の皆倒れたる野分かな
   子 規

野分の夜書読む心定まらず
   同

芒伏し萩折れ野分晴れにけり
   同

見に行くや野分のあとの百花園
   同

鶏頭は杖を力に野分かな
   虚 子

草の露馬も夜討の支度かな
   子 規

朝懸や霧の中より越後勢
   漱 石

藍色の海の上なり須磨の月
   子 規

月の雨団子を食ふて将棋かな
   子 規

名月や拙者も無事で此通り
   漱 石

漕ぎ出でゝ月見の船や湖半   碧梧桐

秋晴るゝ松の梢や鷺白し
   子 規

秋日和鉈豆干しぬぬ詩仙堂
   露 石

来て見れば長谷は秋風ばかりなり
   漱 石

柁取に海の名問ふや星月夜
   子 規

喪を秘して軍を返すや星月夜
   漱 石

草山に馬放ちけり秋の空
   漱 石

   地 理

やうやうに谷を出づれば花野かな
   露 月

秋の川真白な石を拾ひけり
   漱 石

山門を出て下りけり秋の山
   子 規

暁や仙人掌上の秋の水
   鳴 雪

   動 物

奈良の町鹿尻ふつて走りけり
   極 堂

手向山の紅葉に鹿を愛すかな
   碧梧桐

立てば淋し立たねば淋し鴫一つ
   子 規

雁低く芒の上をわたりけり
   子 規

鳥さしの蛤売になりもせで
   子 規

子は雀身は蛤のうき別れ
   漱 石

雀蛤となるべきちぎりもぎりかな
   碧梧桐

百舌啼くや十日の雨晴れ際を
   子 規

鵙鳴くや朝貌赤き花一つ
   同

南天の実をこぼしたる目白かな
   子 規

朝鳥の来ればうれしき日和かな
   子 規

蛇穴に入る時曼珠沙華赤し
   子 規

鳴き立てゝつくつく法師死ぬる日ぞ
   漱 石

蜩や神鳴晴れて又夕日
   子 規

書に倦むや蜩鳴いて飯遅し
   同

窓の灯の草にうつりて虫の声
   子 規

日出でゝ虫鳴きやみし葎かな
   虚 子

松虫にこひしき人の書斎かな   虚 子

蓑虫の父よと鳴きて母も無し   虚 子

張り交ぜの屏風に鳴くやきりぎりす
   漱 石

稲刈りて水に飛び込む螽かな
   子 規

蜻蛉の眠られもせぬ目玉かな
   子 規

菊の杖蜻蛉のとまる処なり
   同

赤坂も田舎になりて蜻蛉かな
   碧梧桐

蜻蛉や西日静かに稲莚
   同

蟷螂の戈を枕に眠るかな
   露 月

蚯蚓鳴いて夜半の月落つ手水蜂
   碧梧桐

   植 物

花木槿弓師が垣根夕日さす
   鳴 雪

木槿垣只の親父の住む家かな
   青 々

木槿咲いて祭も過ぎぬ野の小家
   碧梧桐

紅葉焼く法師は知らず酒のかん
   子 規

木場一人従者五六人紅葉狩
   同

雲来り雲去る滝の紅葉かな
   漱 石

蕎麦白く柿の紅葉に夕栄す
   子 規

柳散る五右衛門風呂に水を汲む
   極 堂

椎の実の八升ばかりこぼれける
   露 月

夕風やさいかちの実を吹き鳴らす
   露 月

柿熟す愚庵に猿も弟子もなし
   子 規

柿喰ふや道灌山の婆が茶屋
   同

干柿や湯殿のうしろ納屋の前
   同

此里や柿渋からず夫子住む
   漱 石

柿落ちてうたゝ短き日となりぬ
   同

能も無き渋柿共や門の内
   同

僧正は泣く子に柿を与へんと
   梅 屋

柿はちぎり棗は多く拾ひけり
   碧梧桐

円卓や栗飯に呼ぶ弟あり
   碧梧桐

仏へと梨十許りもらひけり
   子 規

裏町に住んで柘榴の一木かな
   碧梧桐

石門や蔦紅葉してぶら下る
   寅 彦

したゝかに雨だれ落つる芭蕉かな
   鳴 雪

中門の額見事なる芭蕉かな
   鳴 雪

屋根葺のごみ掃き落す芭蕉かな
   子 規

一株の芭蕉古びて寺貧なり
   虚 子

逆上の人朝顔に遊ぶべし
   子 規

朝顔や手拭懸に這ひ上る
   漱 石

萩を題に歌つくらしむ萩の宿
   子 規

萩に伏し芒に乱れ古里は
   漱 石

暮に出でゝ萩咲けるあたり人恋し
   露 月

三日月や此頃萩の咲きこぼれ
   碧梧桐

休らへば手折りもぞする女郎花
   碧梧桐

秋の蚊や秋海棠を鳴いて出る
   子 規

藪欠いて菊の畠をつくりけり
   極 堂

我庵は南を受けて菊の花
   同

粟の後に刈り残されて菊孤なり
   漱 石

いたづらに菊咲きつらん故郷は
   同

菊に文戸に物申す女の童
   鳴 雪

菊時は菊を売るなり小百姓
   子 規

歓楽や楼上の酒階下の菊
   虚 子

初旅を慰め顔の野菊かな
   子 規

仏性は白き桔梗にこそあらめ
   漱 石

人賤しく蘭の値を論じけり
   子 規

鷺落ちて夕月細し蘆の花
   子 規

繋ぎたる舟の灯吹くや蘆の花
   極 堂

蕎麦植ゑて人住みけるよ藪の中
   子 規

蕎麦の花に月あり藁屋暮れんとす
   虚 子

一筵唐辛子干す戸口かな
   碧梧桐

朝川の薑を洗ふ匂ひかな
   子 規

三日月の頃より肥ゆる子芋かな
   子 規

何ともな芒がもとの我亦香
   子 規

旅はものゝ那須の芒にだまされな
   子 規

鹿の糞累々として花芒
   碧梧桐

この道の富士になり行く芒かな
   同

残月に日出づる原の芒かな
   虚 子

穂芒にとまるでも無き蜻蛉かな
   同

荻の葉に折々さはる夜舟かな
   鳴 雪

鶏頭の十本ばかり百姓家
   子 規

鶏頭や二度の野分に恙なし
   同

鶏頭に太鼓叩くや本門寺
   漱 石

門口や左何やら右鶏頭
   露 月

お長屋や黄に紅に鶏頭花
   碧梧桐

末枯に錦木立てる門辺かな
   碧梧桐

草の実や笠がさはればほろほろと
   子 規

南無大師石手の寺よ稲の花
   子 規

稲の花道灌山の日和かな
   子 規

雨含む上野の森の稲日和
   子 規

稲刈りて野菊淋しき小路かな
   子 規

籾干すや鶏遊ぶ門の内
   子 規

むら雀粟の穂による乱れかな
   漱 石

山里や一斗の粟に貧ならず
   同

粟の穂を摘みおくれたる野分かな
   碧梧桐

朝寒やめらめら燃ゆる黍の稈(わら)
   極 堂

日西にいづれかみのる黍と粟
   碧梧桐

黍の穂はいのふや伐りし小鳥網
   同

立枯の唐黍鳴つて物憂かり
   漱 石

唐黍や兵を伏せたる気合なり
   同

瓢一ツいつ迄もいつ迄も下りけり
   露 月

枝豆の豆鉄砲や喉仏
   插 雲

茸狩や浅き山々女連
   子 規

松蕈や菊の膾の色に出づ
   同

秋もはや松蕈飯のなごりかな
   同

さきんぜし人を憎むや菌狩
   碧梧桐

菌狩やきのふの雨の小松山
   同

(冬之部)

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