文 学


『春夏秋冬』(春之部)(夏之部)(秋之部)(冬之部)

『春夏秋冬』(正岡子規選)

明治34年(1901年)5月25日、『春夏秋冬』(春之部)刊。

   時 候

春浅き水を渡るや鷺一つ
   碧梧桐

西門の浅き春なり天王寺
   同

春寒き三月堂や咳払
   虚 子

魚市に魚の小さき余寒かな
   子 規

人に死し鶴に生れて冴え返る
   漱 石

うらゝかや障子に桶の水うつる   虚 子

のどかさに寐てしまひけり草の上
   東洋城

長閑さや江戸見下して鳶の舞ふ
   ゝ 人

行き過ぎし短き駅や海のどか
   子 規

長安の市に日永し売卜者
   子 規

舟と岸と話してゐる日永かな
   同

春の日や根岸の店の赤団子
   子 規

宿とりて春の夕の仮寝かな
   子 規

春の夜や机の上の肱まくら   虚 子

行く春を剃り落したる眉青し   漱 石

   人 事

二日灸旅する蘆をいたはりぬ
   虚 子

富士浅間二日やいとの煙かな
   同

両肩の富士と浅間や二日灸
   碧梧桐

伊予の温泉のさらし艾や二日灸
   青 々

古びたる鬼の面なり薪能   虚 子

牡丹餅に夕飯遅き彼岸かな   虚 子

暮遅き彼岸の餅の余りかな
   青 々

雛抱いて隣の女来りけり
   極 堂

江戸の人が旗立てゝ来し汐干かな   極 堂

踏蒼や裏戸出づれば桂川
   鳴 雪

此頃は女畑打ついくさかな
   鳴 雪

飯食ふて又畑打夫婦かな   虚 子

雲無心南山の下畑打つ   虚 子

我行けば畑打やめて我を見る
   同

   天 文

馬の市馬の子も来る春の風
   碧梧桐

筑後路や丸い山吹く春の風   漱 石

春風や船伊予によりて道後の湯
   極 堂

江の島へ女の旅や春の風
   子 規

   動 物

旅鴉帰る処もなかりけり
   子 規

湯の村や家ごとに巣くふ燕   虚 子

去年の巣に燕を待つ酒屋かな
   同

燕や矢橋の舟は今出でし
   碧梧桐

燕の古巣を見るや知恩院
   同

蛇穴を出て見れば周の天下なり   虚 子

天子賢良を招き蛇穴を出る
   同

穴を出る蛇を見てゐる鴉かな
   同

蛇穴を出て孔子容れられず   露 月

蛇穴を出て三分の天下かな
   子 規

神いまだ穴を出でざる白蛇かな
   同

ふるひよせて白魚崩れんばかりなり
   漱 石

砂川や小鮎ちらつく日の光
   子 規

庭に来る胡蝶うれしき病後かな
   子 規

寒山か拾得か蜂に螫されしは
   漱 石

宿借さぬ蚕の村や行き過ぎし   虚 子

蚕飼ふ麓の村や托鉢す
   同

美しき人や蚕飼の玉襷
   同

口空いて居れば釣らるゝ蜆かな
   碧梧桐

梅多き寺島村や蜆売
   子 規

田螺取りて田螺売るなり家もなし
   子 規

磊々として田螺落々として焼豆腐
   同

   植 物

温泉の町に紅梅早き宿屋かな
   子 規

赤門を入れば椿の林かな   子 規

一つ落ちて二つ落ちたる椿かな   同

旅にして昼餉の酒や桃の花
   碧梧桐

飯くはす小店もなくて桃の村   子 規

三味線や桜月夜の小料理屋   碧梧桐

木蓮や讀書の窓の外側に   子 規

連翹にいと荒き垣の結ひやうや
   虚 子

故郷にわが植ゑおきし柳かな   子 規

菫程な小さき人に生れたし
   漱 石

東門を出づれば野辺の菫かな   子 規

井戸端に鯛切る人や藤の花
   青 々

菜の花や村から村へものもらひ   虚 子

大根の花や雲雀は雲の中   虚 子

土筆煮て飯くふ夜の台所   子 規

旅にして越ゆる山路の蕨かな   虚 子

(夏之部)

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