文 学


『新俳句』(抄)

(上原三川・直野碧玲瓏共編: 正岡子規閲)

明治31年(1898年)3月14日、『新俳句』発行。

   新年之部

元日や寺にはいれば物淋し
   碧梧桐

元日の人通りとはなりにけり
   子 規

老後の子賢にして筆はじめかな
   虚 子

蓬莱や青き畳は伊勢の海
   松 宇

   春之部

古道に梅一輪の余寒かな
   鳴 雪

春寒し水田の上の根なし雲
   碧梧桐

下萌を催すころの地震かな
   子 規

墓原に梅咲きにけり梅津寺
   極 堂

赤い椿白い椿と落ちにけり
   碧梧桐

梅散つて鶴の子寒き二月かな
   鳴 雪

雀子や走りなれたる鬼瓦
   鳴 雪

桃さくや湖水のへりの十箇村
   碧梧桐

足弱を馬に乗せたり山桜
   漱 石

銭湯で上野の花の噂哉
   子 規

山吹の雨に灯ともす隣かな
   鳴 雪

鳥啼いて寒食の村静かなり
   鳴 雪

行燈に三月尽の油かな
   碧梧桐

一銭の釣鐘つくや昼か(が)すみ
   子 規

水ぬるみ草青み駒ところと(ど)ころ
   霽 月

のどかさや大きな緋鯉浮いて出る
   鬼 城

陽炎のおちつきかねて草の上
   漱 石

永き日の干潟となりぬ和歌の浦
   霽 月

春風にこぼれて赤し歯磨粉
   子 規

温泉に馬洗ひけり春の風
   極 堂

金殿に灯ともす春の夕かな
   虚 子

地震知らぬ春の夕の仮寐かな
   碧梧桐

   夏之部

五月雨や鴉草ふむ水の中
   碧梧桐

大亀の沖に浮きけり五月雨
   霽 月

祇園会や錦の上に京の月
   子 規

夕立のあとを小草に入る日哉
   極 堂

竹婦人瀟湘の雨を聞く夜かな
   鳴 雪

わが庵は蚊遣すべく又せざるべく
   碧梧桐

清水の阪のぼり行く日傘かな
   子 規

家は皆海に向ひて夏の月
   極 堂

夏山の大木倒す谺かな
   鳴 雪

雨の日や去来から鮓なんど来る
   霽 月

百韻の巻全うして鮓なれたり
   鴎 外

   秋之部

大寺の扉かくれは(ば)初あらし
   極 堂

迎火や折からの雨の淋しさよ
   露 石

黍の中に燈籠ともす小家かな
   虚 子

秋の蚊の鳴く啼く雨にいでゝ行く
   霽 月

赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり
   子 規

曼珠沙華あつけらかんと道の端
   漱 石

名月や灯をともしたる膳所の城
   霽 月

門前に船つなぎけり蓼の花
   子 規

野分する夜寺僮鐘楼へ上り行く
   鴎 外

夜明から吹きいだしたる野分かな
   虚 子

新酒飲んて(で)酔ふべくわれに頭痛あり
   虚 子

仁和寺の門田に雁の落つるなり
   碧梧桐

(すずき)提け(げ)て酒屋を敲く月夜かな
   鳴 雪

辻堂に灯ともす人や秋の暮
   霽 月

累々と徳孤ならずの蜜柑かな
   漱 石

末枯に真赤な富士を見つけたり
   鳴 雪

廻廊や霧ふきめぐる嚴島
   子 規

三井寺や椽の下より秋の風
   極 堂

秋の水湛然として日午なり
   鳴 雪

菱取りて里の子去りぬ秋の水
   鴎 外

墓と見えて十字架立つる秋の山
   碧梧桐

黒い牛赤い牛居る花野かな
   霽 月

廻廊や霧ふきめぐる嚴島
   子 規

長けれど何の糸瓜とさがりけり
   漱 石

   冬之部

初冬や竹伐る山の鉈の音
   漱 石

初冬の竹緑なり詩仙堂
   鳴 雪

達磨忌や達磨に似たる顔は誰
   漱 石

寒菊に米くひこぼす雀かな
   極 堂

湖を抱いて近江の小春哉
   鳴 雪

天井の天女の煤も払ひけり
   鳴 雪

乾鮭や市に隠れて貧に処す
   子 規

行く年や母健やかに我れ病めり
   子 規

冬木立五重の塔の聳えけり
   子 規

高き木に梯子かけたり冬構
   虚 子

愚陀仏は主人の名なり冬籠
   漱 石

日暮里に下宿屋を探り霜柱
   碧梧桐

焼石にまじる浅間のあられかな
   松 宇

我善坊に車引き入れふる霰
   碧梧桐

緑竹の猗々たり霏々と雪が降る
   漱 石

はりつめし氷の中の巌かな
   霽 月

つくろふて古き紙衣を愛すかな
   虚 子

蕪汁や八十の翁七十の嫗
   別天楼

傘さして行くや枯野の雨の音
   虚 子

野は枯れて小き赤き鳥居見ゆ
   霽 月

ストーブに居残りの雇官吏かな
   虚 子

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