大町桂月の文学碑


大 島

雷電宮から大島

大正11年(1922年)10月11日、大町桂月は夏泊半島探勝した。

 椿山より引返しては、山水の霊なほ不徹底を笑はむ。椿山より海に沿ひて行くこと一里にして、夏泊崎に達す。これ望めば夏泊半島の最端也。岸に近く、大島立つ。周囲一里、島これ山、山これ草、最高峯に弁天祠を安置す。こゝより望めば、右は野辺地湾、左は青森湾、前は平舘海峡を以て津軽海峡に連る。陸奥湾の全体一目に見ゆ。海のみならず。前には恐山一帯の連山、後には左に八甲田山、右に岩木山、陸奥の名山、悉く見ゆ。なほ津軽海峡の彼方に北海道の山嶽も見ゆるなり。

「陸奥の海岸線」(白鳥の保護地)

大島へ渡る橋の手前に大町桂月の歌碑があった。



たてがみを
 海吹く風に
  靡かせて
馬ひとつ立つ
 岩菊の原

昭和37年(1952年)7月25日、浅虫夏泊観光連組合建立。

大 島


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